棺の記憶

著 : 中村 一朗

石郷:Vol.2


 部屋は四メートル四方の広さであった。

 人造大理石の白い壁。光沢のないグレーのパネル天井。楢材を使ったベージュのフローリング。窓はなく、出入り口は一か所だけ。客間のモデルルームを思わせる部屋の格調とは裏腹に置いてある調度品は質素を極めている。パイプ製簡易ベッド、衝立の裏には公衆トイレで見かける類のシンプルな便器と洗面器、飾りけのない小さな机と椅子。そして最もそぐわないものは、壁の一面に等間隔ではめ込まれた白い鉄格子。その前は片廊下になっている。同じタイプの部屋が三つ並んでいたが、どれにも住人はいなかった。

「なるぼど。ワンルームの理想ね」

 女が係官二人に冷笑を向ける。二人の男は目さえ向けずに無言のまま。一人が女の後ろでスタン棒を手に警戒し、もう一人が扉を開けた。

 促された女が中に入ると、すぐに扉が閉まった。男たちが立ち去り、女は部屋の中央に立って周囲を見回した。ゆっくりと頭を巡らせて壁の傷ひとつ見逃さないような視線で隅々まで観察する。

 子どもの作文を検索する底意地の悪い教師の目で。

 五分ほどして、唇の両端がキュッと小さく吊り上がった。そのまま犬歯が剥き出され、唇の右端を噛み破った。蚯蚓のような一筋の血が、口の端から滑らかな肌を伝って顎の先端に向かう。その血を人差し指でぬぐい取ると左手で椅子を引き寄せてその上に乗り、鉄格子の右上の壁面パネルに指先の血糊を塗りつけた。同様に左上のパネルに対しても。作業を終えると椅子をもとのところに戻して腰かけた。赤い舌がチロリと現れ、唇の傷口から血をなめる。

 静かな細い目は、半眼のまま壁の一点に注がれたまま。

 三分後。鉄扉の開く音がした。続いて複数の足音が近づいてくる。四人が鉄格子の前に立つと、女は座ったまま顔を向けた。ブルーのスーツ姿の中年男が矢沢。先程の係官、山田と木藤。二十代後半の女が主任医の河瀬。

「どういうつもりだ、石郷涼子」と、スーツの男が檻の中の女を睨みつけた。

「あら。プライバシーの侵害を拒否しただけよ、所長さん」

 二人の視線が絡み合う。石郷は氷の眼差しで。矢沢は苛立ちを抑えつつ。女は唇をキュッとつり上げて微笑むと、目をそらした。

「君のプライバシーを探るのが我々の仕事でね。基本的人権はこの際トイレにでも流してほしい。それより、自分のやったことを考えてみるんだね」

「それを考えるのは、あなたたちの仕事よ」

 石郷は笑みを浮かべた。視線は机に落としたまま。

「あのパネルの一部が隠しレンズになっているってどうして気づいたの」

 河瀬が落ち着いた声で問う。石郷の表情に変化はない。

「昔の施設なら鏡の後ろに仕掛けていたんでしょう。正面からはただの鏡だけど、裏からはガラスみたいに透けて見えるやつ…。映画によく出てくるわ」

「わたしは、どうして分かったのかって聞いたのよ。答えなさい」

「そんなに人の上に立ちたい?見下ろしている立場を確認したいんでしょ」

「答えなさい、石郷涼子!なぜ、わかったの」

 河瀬が威嚇するように声を低くする。石郷は首を傾げた。

「知りたかったら、欲求不満のショーツの中身にでも相談したら」

 河瀬の耳がカッと赤くなった。屈辱感に目の奥で怒りの炎が燃える。

「…この、何を!」

 石郷の犬歯が唇の傷口を再び破いた。ツーッと血線が再び弧を描く。

 それを人差し指で拭うと、河瀬に向かって弾いた。血の滴は鉄格子の間を抜けて河瀬の白衣に幾つかの赤い点を描いた。白衣に着いたそのしみが血を吸い取ってゆくように、河瀬の顔が真っ青に変わった。

「ちっぽけなプライドが傷ついちゃったかしら。…それとも、虚栄心…」

 河瀬の目に鬼火がちろちろと燃えている。実験動物に噛みつかれた研究者のように。怒りから憎悪へ、感情が置き換わってゆく。程度の差こそあれ、他の三人も同様な反応を見せた。

「…人殺しのあばずれが」

 木藤が吐き捨てるように呟く。サディスティックな欲情を言葉の奥に宿しつつ。その横顔をチラッと盗み見てから矢沢が口を開いた。

「とりあえず、今日のところはきみのプライバシーへの主張は認めておこう。だが、明日からの治療にはそれなりの覚悟はしてもらうよ。手段は当局に一任されている。きみの肉体や精神の一部が失われても、我々は一向に構わない」

「…脅迫」と、石郷。

「まさか」矢沢は笑いながら続けた。

「ほんの些細な可能性だ。薬物投与ではいろいろな事故が起きる。意識障害、半身不随、血流障害による手足の切断、言語障害。しかしそのお陰で我々は重責から解放されることがある。凶暴な人間が従順になる事故も何件かあった。当人にとってもその方が幸せなのではないかと私は思うんだ。被害者に対する償いになるし、罪の意識に嘖まれないですむからね。特に、精神鑑定の結果で死刑を免れた君のような者たちの場合は」

「それで、所長さんの罪の意識は誰があがなってくれるの」

 石郷は、憎々しげに睨み据える矢沢と視線を合わせようとはしない。机の上の小さな傷をぼんやりと眺めながら薄笑いを浮かべている。

「あまりいい気になるな」

 矢沢が小さく恫喝する。石郷は机に視線を置いたまま、風に揺れる稲穂のようにゆらりと再び小首をかしげた。

「ディナーのメニューは、肉がいいわ」と、石郷。

 矢沢、木藤、山田の三人に僅かな当惑の表情が浮いた。河瀬だけが、憎悪から驚愕に頬を歪めた。息をのみつつ。そして、他の三人とは異なる当惑。

「生肉で」石郷が顔を上げ、河瀬に感情の欠落した流し目を送りながら。

「河瀬慶香は、菜食主義だったわね。その方が、おいしいのよ」

 意味がわからず、彼らの当惑が深くなる。なぜ河瀬のフルネームと偏食嗜好を知っているのかと訝った。河瀬は何かに気づいたように、青白くなっていたその頬からさらに血の気が引いてゆく。何かを思い出そうとするように俯いて眉間に皺を寄せた。慰めるように矢沢がその肩に手を置きながら。

「心配はいらない、河瀬君。この女は言葉を道具に四人を殺している。大方、君やこの施設のことをあらかじめ弁護士にでも調べさせていたのだろう。手品の種は、明日にでも話させてやる」

 矢沢たちの憎悪と嫌悪を受けて、石郷は笑った。

「まるで、尋問の予告ね。〃拷問にかけてでも、口を割らせてやる〃って」

 河瀬の目だけが催眠術にかかったように虚ろなものになっていた。矢沢は他の三人を出入り口に促した。その背を見送ってから、矢沢が吐き捨てた。

「きみは井戸に落ちた林檎だ。せいぜい腐った余生を楽しみたまえ」

 石郷は矢沢の捨て台詞を無視した。矢沢が床を踏み鳴らして去ってゆく間も石郷はずっと机に微笑みかけていた。


 翌朝、第三治療室。

 険しい表情の矢沢が三冊のファイルを抱えて入室してきた。石郷はすでに椅子についている。矢沢は机を隔てて石郷の反対側に腰かけた。石郷を連行して来た山田と木藤はそのまま壁を背にして部屋の両脇で待機している。

「よく眠れたかね」と、矢沢が石郷に問う。

「いいえ。寝ていない」

 石郷はサラリと言った。

 色白の顔を除けば睡眠不足を感じさせるところは微塵もない。きめ細かい肌は艶やかで、目もとも涼しげだった。彼女の罪状を知る彼らには、それらが妖気に感じられる程に不気味に映った。

「わたしはよく眠れた。君の問診が楽しみだったんだよ」

 意味ありげに見えるように矢沢は微笑んだ。最初に気圧しておくつもりで。

「河瀬慶香は来ていないのね」

 〃やはり〃といいたげに、石郷が呟いた。山田と木藤の顔が不快そうに曇った。矢沢は刺のある視線を返しながら口を開いた。

「君には、関わりのないことだ」

「あら。彼女はわたしの主治医になる筈だったんじゃないのかしら」

「休みを取るのは彼女の勝手だ。いちいち君に断わる必要はない」

 石郷が頬に見せた冷笑と弁解するような己の声音に、矢沢は内心で舌を打った。河瀬の欠勤を認める発言をしてしまったことをすぐに悔やんだ。実際、河瀬は無断欠勤だった。連絡が取れないことに気をもんでもいた。同時に、河瀬の無断欠勤が本当に石郷と関わりがないのかと疑念が浮かぶ。

(…催眠術)

 何の根拠もなく、ふと矢沢は思った。裸眼であるにもかかわらず分厚いサングラス越しに石郷の瞳を覗き込んでいるような錯覚を感じつつ、話を続ける。

「今日のことろは、事実関係の認知からだ。まずは、君自身のプロフィールからにしようか。このファイル内容に間違いないね」

 矢沢がブルーの薄いファイルを机越しに座る石郷の前に差し出した。

 それを手にした石郷は、ファッション雑誌を捲る優雅な手つきで開いて目で追った。四ページにわたって、石郷の経歴が記されている。五ページ以降は彼女に関する心理分析チャートやテストデータなどが膨大な資料とともに綴じられていた。その様子を矢沢はじっと見ながら口を開いた。

「石郷涼子。一九七五年十月三日出生。二十八歳。東京都国分寺市出身。十年前高校の卒業と同時に、父親の転勤先であるヨルダンに出国。だが不運にも八年前、ベイルートの爆破テロで家族を失った。両親と妹に弟。パーティ会場の爆心地では四十三人が死んで君ひとりが生き残ったそうだね。君は出席していなかったから助かったと言われている。その後、テロリストとの関係を疑われて帰国が遅れた。当時の関係者は今も君の事件への関与を疑っている…」

「…なるほど。良くできている」と、石郷。

 約二十分後。ファイルを閉じながら、面白そうに石郷が呟いた。顔を上げて矢沢に視線をやり

「良く出来過ぎているくらい」と、補足する。

 待ち疲れた矢沢は苛立たしげに睨み返した。

「つまり、ファイルの事実関係について認知したものと理解していいんだね」

「わたしは、楽しく読めたと言っただけ」

「人殺しが楽しかった訳か…」

 石郷は目を矢沢の後ろの白壁にチラリと向けた。そこに指紋程度の浅黒い小さな染みがある。矢沢の表情が険しくなった。

「半年前の十一月五日、君のために貨物船上で四人が死んだ」

 石郷の瞳がゆらりと動いた。そこに己の影が映る様に、矢沢は理由もなく背筋に冷気を感じた。それでも動揺を見透かされぬように表情を殺しながら。

「彼らは互いに殺し合ったのよ。生き残った最後の一人を射殺したのもわたしじゃなかった筈だけど」

「残念ながら、今さら殺人教唆を訴えることは出来ない。しかし君が、彼ら四人の精神を殺したのだ」

 石郷が静かに首をかしげる。矢沢の胸の中に、虫が蠢くような悪寒。

「どうやって」

「…方法はわからない。きみが一切を口にしないからだ。薬品か、外科手術を施したのか、または強力な暗示かも知れない」

 黒く濡れた瞳がじっと覗き込んだ。矢沢の額に小さな汗の粒が浮いている。

「あるいは、〃呪い〃。とでも言うつもりかしら」

「死体は、最後のひとりを除いて体の一部しか残されていなかった。検死解剖もままならない程だったからね。頭蓋骨からは、脳さええぐり取られていたくらいだ」自分の言葉に悽惨な光景が脳裏に浮かぶ。

「酷いものだったよ」

 石郷の視線が再び壁に移った。親指ほどの染みは、いつの間にか拳程度の大きさになっていた。その視線に気づいて、木藤と山田が壁に目をやる。二人は見入られたように、じっとその染みから目を逸らさない。

「まるで、見て来たようなことを言うのね」

 石郷は一度目を伏せてから顔を上げた。哀れむような悲哀の光に矢沢は一瞬たじろいだ。憎悪や怒りを叩きつけられるよりも不快だった。

「私は記録映像で見たのだ。鑑識が写したものだ」

「現場の記録なんてあるはずがない。彼らがすぐに片付けてしまったから。最後のひとりを射殺した直後に、船は破壊されたのよ」

 矢沢は耳の奥で何かを打ち鳴らすの金属音を聞いた。眼球にいきなりアイスピックを突きつけられたような衝撃と共に。同時にそれを圧殺しつつ。

「それも、君の弁護士に聞いた知識なのかね」

「いいえ」石郷が冷たく笑う。

「弁護士なんて知らないわ」

 矢沢は憎悪をねじ込むような凶々しい視線を向けている。石郷はそれを受けようとせず、机の傷に目を向けたまま。やがて数十秒後、矢沢が口を開いた。

「なぜ、あんなことをした」

「何のことかしら」

「彼らを殺し合わせたことについてだ。まさか彼らが、君のご家族を殺したテロリストだったなどとは言わないだろうね」

「わたしは船の積み荷に興味がある」

 石郷の瞳が動いた。二人の視線が絡み合う。

「〃積み荷〃だと」

「知っている筈よ。チグリスの支流にあたるカルーン川上流の新しい遺跡で発見された〃石の棺〃。シュメール文明とは明らかに異なる、奇妙な特色のものだと言われている。ペルシャ湾からインド洋を抜けて運ばれて来た盗窟品よ。ある種の新興宗教団体が日本に持ち込もうとしていた」

 矢沢は背筋に再び氷柱を感じた。それでいて、耳だけがやけに熱い。

「そんな話は聞いていない。それと君の行為とどんな関係がある」

 矢沢は積み荷のことなど聞きたくなかった。なぜか、葉の裏にびっしりと張りつく毛虫の群れを見せられたような嫌悪感を覚えた。

「関係なんてない。あれはあなたたち自身の問題よ。わたしは積み荷に興味があるだけ。だからここに来たの」

「何を言っているんだ。君はここに収監されているのだぞ!」

 同意を求めて木藤と山田に目を向けたが、二人は壁の染みに目を向けたまま汗まみれの顔色を蒼白にしていた。視線の先の染みは更に大きくなっていた。

「河瀬慶香は、なぜ休んだのかしら」

「…なに。なんだと」

「問診の初日に主治医が所長に無断で欠勤するわけがない。彼女がここにいないのは、自分がここにいる人間じゃないと気づいたから」

「河瀬君は到着が遅れているだけだ。間もなく来る」

 先程は休みであると認めていたことに気づいて、矢沢はうろたえた。質の悪い仕掛けを見破られた小心な詐欺師のように。

「ええ。そうらしいわね」

 石郷の口元がキュッとつり上がる。視線が一瞬、壁の染みに向いた。

「あなたはわたしに〃昨日はよく眠れたか〃って聞いたけど、わたしの時間ではここに来てからまだ三四時間ほどしか過ぎていない。それにあの事件からは半年ではなく、半月しかたっていない。まだ年さえ明けてないわ」

「君は、精神を病んでいるんだ。だから時間の流れを正確に認知できないでいる。もっとも、そのおかげで命拾い出来たんだな。人殺しのくせに…」

 目前の女に対する憎悪が、急速に膨れ上がりつつある。机を払い飛ばして、この青白く細い首に両手を巻つける瞬間を、矢沢は切望した。耳の奥底では、ドクンドクンと脈打つ血管の叫び。殺してしまえ、と呼びかける。

「貨物船で死んだ者たちの素姓だって、所長さんにはわからないんでしょう。でも、船長だった矢沢昭夫は知っている筈。思い出してごらん」

 矢沢の耳の中で鼓動が更に響く。殺意を孕んだ叫び声のような。

「…何を言っているんだ。死んだ者たちの身元は今でもわからないことは誰もが知っていることだ。この報告書だって…」

 一瞬のフラッシュバックは、血みどろのキャビン。記録映像とは異なるアングルでとらえたスプラッターシーン。そこにいる者たちの姿は…

「死んだ四人のうち、三人が男。ひとりが女」と、石郷。

 木藤の口から呻き声が漏れた。山田は眼球がせり出すほどに目を見開いて壁の染みを見つめている。染みは人の顔の大きさになっていた。

 二人には薄い墨で描かれた女の顔に見えていた。そこに描かれつつある、彼らのよく知っている女の恨めしげな眼差しを。

「女の名は、河瀬慶香。最初に殺されて、食べられちゃった…」

 矢沢の唇が小さく震え出した。他の二人はもう石郷の話など聞いていない。無意識のうちに、首や両手首の周りをポリポリとかいている。屠殺されることをぼんやりと理解した愚鈍な豚の表情で。

 矢沢は二人が狂気にとらわれているのではないことを悟った。そうであってくれればどれほどましだったことか。狂気よりも手に負えない、狂気のような現実。絶対に思い出したくなかったあの時の事を、あの時と同じ表情で…

 と、突然。木藤の右手首がぽろりと落ちた。ビシャッと湿った音。なぜか双方の切断面からは血は流れていない。浜に打ち上げられて死んだヒトデのような自分の手首を、死んだ魚の目をした木藤が拾い上げようと残った左手を差し出して腰を屈めた。すると、首と左手首が落ちた。それを追うように体が崩れる。床からしっかりと生えているような両足首をそのまま残して。

 その様を目の隅でとらえた山田が、木藤だったものに虚ろな視線を向けた。その弾みであるかのように山田の首が床に落ちた。ドン、と音がしてごろごろと転がる。木藤の首の横に並んで止まった時には山田の体も木藤と同じ様になっていた。

 眼前の光景を凝視しながら、矢沢は何かを語りかけているかん高い声を聞いていた。それが、理性から発せられた絶望であることにやがて気づいた。

 矢沢の両手が溶け始めていた。バーナーで炙られる蝋細工のように。矢沢はアイスクリームのように溶けているそれをペロペロと嘗めた。そのおぞましい行為に嫌悪と憎悪を覚えつつも、肉体はそれを求めていた。

 石郷涼子が席を立った。

 足下に転がるバラバラの死体と壁を一瞥する。壁の染みは消えていた。変わって、同じものが机の上に現れている。更に成長して表面に凹凸が表れた。苦痛に泣き叫ぶ狂女の顔がせり出してくる。頬を切り裂いたような真っ赤な口がカッと開かれた。びっしりと並んだ鮫の歯と虎の牙。いきなり机の両側面から腕ほどもある触手が伸びて矢沢の体を抱き寄せた。触手の先端がその両眼を抉る。それでも指を嘗め続ける矢沢の頭に、机の顔が牙を突き立てた。

 頭の半分を喰われても、矢沢は死ぬことも出来ないで指を嘗めている。肉体の欲望に満たされて、うっすらと笑みを浮かべて。

「もういいわ。回収して」

 冷たく呟く声を残して、石郷の体は部屋から消えた。



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