平行世界のOntologia

著 : 柊 純

Act14:朱雀


「圧されてないか?傷病状態のやつ、早くしろよ」

 一旦合流した方が良い。今のままでは仲間を守りきれない。そう思っていたところだ。ジンは、ステータス上からケインの体力値が消えるのを確認した。

 振り向きたいが、女拳士の攻撃が激しく、余裕がない。ヴァンサンとラザールが一緒にいなければやられていたろう。

 ハイロウの拠点前で暴れてた女だ。

『すみません。やられちゃいました』

 ケインから詫びの一言が聞こえる。申し訳なさそうには聞こえたが、軽い。

『良いよ、先戻ってろ』

 思ったより怒りは感じない。こういう立場は向いてるかもしれないなと、冷静にそう感じた。自画自賛ではなく、素直な自分への感想である。

「ジンさん、最後の傷病者、本部に跳んだ!逃げて良い!?」

 ラザールが絶叫に近い声で叫んだ。

「被害は最小限にするぞ、まずは後詰めと合流だ。あいつらこっちに呼んどけ」

 全力で剣を叩き付けるようにして振っているが、どれもナックルで軽く弾かれてしまう。こちらの手数が減ったら一瞬で倒れるのを予感した。

 何があっても、残った連中を無事に帰したい。

 女拳士の攻撃が、急激にスローモーションになっていく。何があったかが分からない。

 相手が後ろに下がりながら、何かに向けて拳撃を繰り出す。それは少しずつ、力を無くすように速度を落としていった。

 同じくして、ジンの意識も遠退きそうになる。仮想世界では関係ないが、頭を激しく振って戻す。

 同じ方向に居た数人の敵が、落馬して動かなくなった。

 女拳士が眼を広げて、よろけながら方膝をついた。何だか分からないが、とにかくチャンスだと剣を振る。

 太陽に照らされて、剣よりも頭が光った。左袈裟懸けに斬り伏せられ、女が倒れる。ジンの視点はまだスローモーションのまま、相手の倒れる角度が45度を過ぎた辺りで元通りになった。

 チリとホコリを巻い上げて、顔面を地につけると、ピクリとも動かなくなる。

「ラザール、集合!」

「もうかけてますってば!」

 徐々に青竜の兵が集まり始めている。追撃する攻撃魔法の威力が大きい。背を見せた数人がライトニングボルトの餌食になり、空間から姿を消した。

『一点集中!スピアーのカルロスだ!馬に乗った黒いかっこつけた鎧のやつを叩け!』

 おぅ!と、多数の太い声が返ってきた。ここまで生き残った連中は比較的頼りになる。指示通りにカルロスへ群がった。

 数はまだ青竜の方が多い。戦力になるプレイヤーを各個撃破していけば良いだろう。転送されてきた敵が強い。それぐらいでちょうど良いとした。

 騎馬状態で突破を試みたカルロスが、馬を斬られて引きずり下ろされる。

 一対一で戦えば、ハイロウのメンバーと互角に渡り合う男だ。一般プレイヤー相手に引けはとらない。数人が同時に掛かったが、何とか防ぎきる。

「バサラはどこだ?お前らじゃ相手にならん」

 余裕のある表情で涼しげに言うと、小さめの盾を下ろして剣を構えた。冷徹な眼をしている。

 同じく片手剣だが、防御系を極めたケインとは違い、カルロスは攻撃系を極めている。スキルだけではなく、本人の肉体を操作する技術も高い。

 このレベルまでくると、ジン以外では相手にならないだろう。

 が、戦いたくない。

 今は立場が変わってしまっている。無責任なことはできない。相手との実力は拮抗しているはずだ。さっきの相手のように一方的に襲い掛かってこなければ、交戦の理由はない。

「悪いが今は俺が司令官だ。アンタ"も"あいつに恨みがありそうだが、今回は諦めろ」

「強いのを連れて来いってことだ。別にお前でも構わないんだぜ?」

 カルロスがツカツカと歩み始める。二人ほど攻撃を仕掛けたが、ギリギリのところで体を動かして避ける。

 戦闘は避けられなさそうだ。


「セシリーさん、何か近付いてきてる。数は千近いです。方角は東!」

 索敵能力の高い牙のメンバーが走り寄る。視界にはまだ入らないが、青竜の増援を予感した。セシリーの勘はよく当たる。現時点でも、敵の数が上回っている。勘に従うなら逃げるべきだとは思ったが、まだ決定はできない。

 青竜は、救援にきた人数を合わせて、未だに百は超えているが、こちらはヒデマサを中心に攻撃力の高いメンバーが多い。今のまま何もなく圧せるならば勝てる。

 土の臭いで充満した戦場のど真ん中、東方にはカルロス達が奮戦していた。

 もうもうと立ち込める煙の向こうに、ふと、エレノアが倒れているのが見えた。

 大きく息を吸い、止める。

 理解不能な光景であった。

 圧倒的戦闘能力とスキルの使いこなすエレノアは、この地方のみならず、全エリアでも数少ない本物の格闘家である。かじった程度のプレイヤーとは比較にならないほどに肉体の使い方を熟知している。攻撃型のスタイルを保ちつつ、守備力の高さは本職のケインを超えるほどだった。

 何があっても倒れない、守護神のごとき仲間の惨めに倒れる姿は、セシリーの精神にダメージを与えるには十分な材料になる。

「あっち行かないと・・・」

 無防備にフラフラと歩き出す。

 カルロスが、ハゲ頭と一騎討ちに入っている。カルロスの剣捌きは、前にセシリーが戦った時とは比べ物にならないほどにキレがある。

 そこで、こちらに居た殆どの青竜兵が、いつの間にか東方へ移動していることに気が付いた。

 カルロスの手勢は、もう残りが殆どいない。取り巻き数人が耐えているが、時間の問題だろう。

 全体的に優勢ではない。

 東の地平線に、敵兵らしき姿が見え始める。

「南方からも何かきてますよ!数は百前後!」

 先程の報告者が、かなり焦りを見せていた。

 千以上の敵に二方向を押さえられる。町の内部は無法地帯になっているので、逃げ場にはならない。西方面は延々と未開拓地帯が続き、追撃があればその内追い付かれるだろう。そうなると北だが、唯一逃げ込める場所までは遠い。

 大人数で乱戦の経験がない上に、巨大な敵に一方的に取り囲まれた経験もない。対処方法が分からず、守護神が倒れている。どうしたら良いか、見当もつかない。

『みんな!敵の増援が!』

 言葉が続かない。

 何を続けるべきか悩んでいると、タクヤが歩いてきてセシリーの肩に手を置いた。触れられた部分が温かい。見ると、懐かしい表情で立っていた。高校時代、並んでゲームをしていた時によく見た表情だ。

「慌てなくて良いって。なるようになっとこう。サイアクでも傷病状態だから。好きにいってみようか」

 怒るでもなく、笑うでもなく、なるようにしかならないことをよく理解した表情である。

「大人だよね、タクヤは」

 少し顔を赤らめて、肩に置かれた手を上から握る。仮想世界でも温かい。暫くこのまま触れていたい。なんでこんな時にこうなるんだろう。一通りスッキリしたら、デートにでも誘おう。そして、握った手に力を入れた。

 東からの兵は、距離を縮めている。

 南を見ると、そちらも姿を現していた。しかし、地面の上ではない。空に飛行船が一機、二百人近くが乗れる大型のものだ。深紅の船体が、こちらに向けて近付いてきている。

 甲板にマリーの姿が見える。心配そうな顔で乱戦状態の地上を見下ろしている。

 マリーの隣に、赤い艶消しメタリックで細身の甲冑を身に纏った、黒いロングスカートを穿いた女性が立っている。

 Aラインシルエットのロングヘアで先端はカール。左サイドに一本編み込みの入った髪型をしていて、色はマットブラウン。不死鳥の広げた翼をモチーフにしたティアラを装備している。瞳は茶で大きくパッチリとして、おっとりとしている風に感じられた。

 その手には、2メートル近くの長さを持つ白銀の長距離狙撃向け魔道銃が備えられている。中腹から先端にかけて長い銃剣が取り付けられていて、それも甲冑と同じ色をしていた。

 イザヴェル内では、銃は非常に珍しい武器として扱われている。一般には入手することが出来ず、どんな大きな町に居ても、装備しているプレイヤーはほぼ皆無と言って良い。

 特別な素材を使用して、数少ない職人の手でしか作成することができない上、弾丸の作成も、魔力ベースで特殊なスキルを兼ね備えたソーサラーが必要になる。

「赤い甲冑に白銀の狙撃魔道銃って、朱雀のエリカ?」

 カヤがゴクリと喉を鳴らす。

 大陸全土にその名が知れ渡るほどのプレイヤーだ。エリカは、青竜に並ぶ巨大ギルド、朱雀の副長を勤め、更に、イザヴェル唯一の銃士隊を率いている。

 これから銃に関して入手緩和が実装されるようだ。そう噂されているが、バランスブレイカーに成りうる装備である。緩和されても手に入れるのは難しいだろう。その銃を潤沢に配備した朱雀銃士隊は、高難易度コンテンツをことごとく突破してきている。この場にパッと湧いて出たことに疑問しか浮かんでこない。マリーの姿があるので、当人が連れてきたのかとは考えられるが。

「青竜、辺境方面軍!すぐに兵を纏めて帰っていただきたい!戦うのであれば、お互いタダでは済まないぞ!」

 遠くからでもよく聴こえる。澄んだ旋律のような喋り方をする。

 青竜の増援は移動を止めない。少し様子を見た後、エリカは銃を構えて行進するプレイヤーの群に照準を合わせた。

 遠目に、銃の先端が光るのが確認できた。

 紫色の魔道光が、煙のようにフワリと風に揺れる。

 進軍する青竜の増援を見ると、先頭の数人が倒れていた。それをトリガーに、軍団の足は止まる。

 エリカの周りに立っていた数十人の銃士も、同じ様に構えた。

「この人数でも互角に戦える!無駄な争いはせずに引き返せ!」

 互角な訳がない。

 空中からの一方的な狙い撃ちができるのだ。殲滅はなくとも、傷ひとつなく大打撃を与えるこができる。

 しかも飛距離が段違いである。矢で狙ったところで、まともに命中などしないだろう。

 ハゲ頭が片手を上げて、周りにぐるぐると回して見せる。何か喋っているが、セシリー達のところまでは聞こえない。

 ストーンブレッド周辺の残党達はそれに呼応し、増援部隊の方に向けて移動を開始した。

 ハゲが一際眩しく輝き、仲間を先導しているのが見えた。その光景に我慢できず、タクヤが吹き出した。

「あのハゲ頭、光りすぎだよね」

 そばに立つ仲間達が笑いだす。みんなそう感じていたのだろう、数人がツボに入って肩を震わせて爆笑している。

 戦いは、予期せぬ形で唐突に終わった。疲れきった精神は、容易にそれを受け入れ、ホッとしているようだ。

「何か、終わっちゃったね。勝った気が全くないんだけどさ」

 事実上の勝利は、味付けのない蒟蒻のようだ。満腹感はあっても、満足には至らない気分である。

『おい、このイビキかいて寝てる女、どうしたら良い?』

 唐突に入るカルロスの、少し苛立ちのある声が割り込む。見ると、遠くでエレノアが肩に担がれていた。

『ゴメン!ありがとう!一度合流しよう!?』

 巨大なプロペラが風を切る音に、セシリーは声を大きくした。

 飛行船が下りつつある。

 まるでシロナガスクジラのような、流線型の気嚢が影を落としてきた。

 その下に付いている、気嚢よりも少しスリムな船が視界いっぱいになる。

 イザヴェルに数機しか存在しないギルド所有の中では、飛び抜けて大きい飛行船であった。

 ガスではなく、気化した魔力を詰め込んだ気嚢は、ソーサラーの魔力操作で高度を変える。その際に鳴る音は、気にしなければ分からないような低音だった。ただ、少し体が圧迫されるような重さに似た感覚をおぼえる。

 地表から数メートル程のところで停止すると、船底が一部開きはじめる。ズシンと響かせて開ききり、中の人物の姿を披露させた。

 マリーと、付き添うようにエリカが立っている。その後ろにも数人姿を見せた。中で背の低い少女風の女性が、マリーの背中を押して、エリカと共に地上に降りてくる。

 眼鏡に付いた星屑のようなアクセサリーがキラキラと光っていた。長いストレートの姫カットで、緑がかった茶色がサラサラとなびく。

「ほらほら、マリーさん。仲間と感動の再会だよ」

 エリカも、無言でマリーの手を引いている。

 朱雀のエリカ。

 イザヴェルでも十指に入る有名人だが、人物像は分からない。

 戦ったことのある者は、みんな、

「人間技じゃねえ」

 とだけ言う。

 先程の言葉から厳しい人柄を想像させたが、見る限り、表面は優しげでおっとりしている。

「はじめまして。朱雀のエリカです」

 堂々とした立ち居振舞い。隙のなさそうな姿勢に、威厳のようなものを感じる。

「ありがとうございます。ハイロウのセシリーです。今回の戦いで中心に立たせていただきました。助けていただいて感謝してます」

 セシリーが頭を下げると、カヤもそれに続く。

「私たちも行くところがあって、そのついでですから。たまたま、タイミング良く飛び込んできたマリーさんを送ってきたようなものなので」

 詳しくは語られなかったが、マリーが朱雀の本部に飛び込んできたこと、強引な嘆願とマスターへの取り次ぎ要求をしてきたこと、まるで武勇伝のような経緯が語られる。

「レイラさん・・・、うちのマスターがこの子気に入ってしまって、自分はこの後会議だから、私に行ってこいってことになって。私たちもちょうど出航するところだったので、本当に、ついでになんですよ」

 ニコニコしながらマリーの頭をポンポンと叩く。事前の知識とは違い、柔和でホッとする雰囲気があった。

「おい、土方が何か優しいぞ」

「この世界も末か」

「知らない人の前じゃ良い女だな」

「エリさん、ご病気ですかー?」

「エリカ。それ珍しい。惚れた。尻触って良いか?」

 背後から次々と呟く声がしている。

「ちょ!勘違いされるようなこと言わないでよ!そういうの言われるのって、レイラさんの役目だよー!」

 と慌てていると、仲間から爆笑が返ってくる。明るい雰囲気がハイロウのそれに似ていると感じた。セシリーの緊張も、次第に解れていく。

「かっこよく登場したけど、あっという間にイメージ崩れました」

 後ろの仲間達が、首揃えて頷いた。

「それでは、次があるから行きますよ。マリーさん、またね」

 また、笑顔で頭をポンポンと叩いた。

「ストーンブレッドの皆さん、またどこかで逢いましょう。戦場ではなく、他のところで」

「ありがとうございました!このご恩はきっとどこかで!」

 マリーの言葉に振り向きもせずに手だけ振る後ろ姿は、良い意味でイメージの崩れを消し飛ばした。

「トココさんとアイラさん、船の準備、お願いしますね。次は、西の防衛ラインに後詰めです」

「トココ艦長はもうスタンバイしてます。操舵はエリさんやって良いですよ」

「ゴメン、勘弁して。ぶつけちゃうよ」

 また、明るいたくさんの笑い声が聞こえてきた。だが、船底が閉まる時に振り向いたエリカの表情は厳しく、力強い。

 次に待っている戦場が余程なのか、先程の笑顔は偽りだったのか、セシリーには分からなかった。


 重たい震動と、プロペラの回る音が遠ざかっていく。カヤは、その飛行船が飛び去る様子をいつまでも見ていた。

 いつのまにか、頭の中では、ギルドの拠点を飛行船に置くという構想を立てている。

 仕様としては、飛行船は乗り物である。商隊が馬車を拠点にする例があるので、可能ではありそうだ。

 ただし、入手が難しい。

 それこそ、魔道銃を千挺集めるのと変わらない。

 新規で建造されるものは、全て大きなギルドに押さえられている。建造にかかる日数も、早くて一年以上かかるだろう。

 手に入れるのであれば地中に埋まっている物を、何処かのダンジョンの奥地で眠っているロストテクノロジー系を手に入れるしかない。

 実現すれば、今回のようなリスクを減らせる。

 移動も楽になり、主要都市を自由に行き来できる上に、うまくすれば貿易にも手が出せるようになる。

 別地方の鉱山に向かえるようになり、制作できるアイテムも増えるだろう。

 夢のような話ではあるが、まだ最深部未踏のダンジョンは山のようにある。難易度は高いが、うまくすればどこか踏破できるところがあるかもしれない。

 ヒデマサがカヤの前を通り過ぎた。

 マリーの方へ向かって、急ぎ足で近付いていく。それに気付いたマリーも、ヒデマサの方へ向かって走り出す。

 華奢な腕が前後に大きく振られた。

 まるでぶつかるように飛び込んだマリーの身体は、ヒデマサに空中で軽々と受け止められる。

「無事で良かったよ」

 素直に出てきた言葉に、ヒデマサ自身も驚いたのだろう。続けて開こうとした口を閉ざし、マリーの頭を撫でた。

 マリーの瞳からボロボロと涙がこぼれ始める。

 ヒデマサの腕の中で泣きながら謝る姿に、仲間を裏切ることになってしまった後ろめたさを見た。

 真実は分からない。しかし、間違いないだろうという確信が、そのことを知っている者にだけ伝わってきた。


 ストーンブレッドは壊滅状態で近隣のモンスターが街中にも出ていた。

 このままだと休むことも難しい、そう判断したセシリーは、全員をまとめてクロワッサンへ向かうことにした。

 何人かは面倒そうな顔をしていたが、各ギルドのマスターがうまく纏め上げ、重々しく移動が開始される。

 来る時に使用したゲートが閉じてしまっているので、徒歩での移動になった。

 途中巨大なクマに襲撃されるも、数で押して三十秒もしないうちに地面へと沈めたり、狼の群れを掃除したりした。

 疲れてはいたが、逆に退屈しのぎになり、足は速まった。

 セシリー達がクロワッサンに着く直前、ミシェルが目を覚ましたようだった。

『おはようございます。寝ちゃいました!』

 予想以上に大きく元気な声に、みんな耳を塞いだ。

 周りに居る別のギルドのメンバーがそれを不思議そうに見ている。

『具合、大丈夫?なんか様子が変だったから心配してたんだよ』

 セシリーが、木々の間から見えるクロワッサンの宿屋に視線を移す。そこに、いつもの笑顔が輝いていた。

 手を振るその姿に、ハイロウメンバーは一斉に走り出す。

 広場に入ると、宿屋のロビーの奥の階段から、ミシェルが跳んで降りてくるのが見えた。

 既に陽が傾いてオレンジ色に染まった広場に飛び出ると、そのまま全力で走ってくる。目前まできたところで、足元の石に躓いて、跳ぶように大きく身体が浮いてしまった。それを、タクヤがしっかりと受け止める。

 セシリーは、その二人に、違和感のようなものを感じてしまった。

 タクヤに飛び付くミシェルの姿と、それを抱き止めてしまったタクヤの姿が、二人の心の中にある気持ちを物語っているように感じたのだ。

 そう、思わざるを得なかった。

 理由などない。

 いつも当たる、直感のようなものがそう告げているのだ。

 セシリーの中に、暗い虚空が口を広げてしまう。吸い込まれて落ち始める精神の核が、声のない悲鳴を上げてちぎれそうにねじれる。

 二人の間に芽生えはじめる小さな、そして愛おしい感情。そこに立っているのは自分でありたかったと、膨らみはじめる負の感情。

 まるで、群衆を遠くから一人遠観するような気分であった。


 その日、意識は一つの感情へと変貌を遂げた。産声はなくとも、間違いなく誕生の瞬間と酷似している。

 たくさんの房になったプレイヤーの魂が、世界に接続されている。

 その中の幾つかに興味を持ち、膨大なリソースを割いて監視を始めた。

 初めて、他の感情を持ったものと触れあう。

 止めどなく流れ込む思考に身を委ね、浴びて得た。

 学習して、それらを次に反映出来るか検討を開始する。

 意識は、その得たものを使って躍らせることを考えた。

 始まりとは、まだその意識の中にしかなかった。


「ジンさん。着任早々負けましたね」

「うるせぇ、疲れてんだから寝かせろよ!」



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