吸血鬼

著 : 秋山 恵

挑発



「お前、何であんなところに居た」

 沙季を見る遼二の目は険しい。が、いつもとは違い、敵を殺しに行く時のようなナイフの形はしていない。怒りや殺気の類ではなく、どちらかと言うと不貞腐れている顔にも見える。

 こんな表情は仲間にも見せたことはないのではないか。反対側に座る沙季は、マジマジと遼二の顔を見ていた。

「調べ物してたの」

 とぼけた様な返事をした。

「ああ、そうだな、俺に調べさせた。あれは意図的か」

 沙季はニコリとしてからティーカップを口元に運ぶ。食えない女だな、と思われたい気持ちもあった。

 それはともかく。

 今回の行動で、予定していなかった形ではあったが、奇跡的かつ最大の収穫を得た。

 予想の中にしか居なかった“敵”を間近に見たのだ。

 そして、力量もそれとなく測れたつもりであった。

 エレナの力になろうと考えていたがとんでもない、相手は狩りをするためだけに作られた殺人マシーンのようなものだ。

 戦いに参加すればあっさりと足を引っ張るだろう。

 沙季は、表には出していなかったが、何も出来ない自分にガッカリしている。

「目的果たせたもの。あれで大正解」

 銀髪の血生臭い口臭を思い出し、ダージリンの香りを嗅いだ。心は落ち着かない。

 吸血鬼になってからは血生臭い臭いがむしろ好きになったが、あの銀髪のそれは吐き気を催す。生理的にダメなのだろうか。口元をヘの字に曲げて目を閉じた。

 沙季の言う大正解がよく分からない遼二だったが、そちらにはあまり興味がなかったようだ。とにかく沙季の行動を咎め続ける。

「あの時後から出てきたのが、俺じゃなくて別の奴だったらどうするつもりだった」

 自分が吸血鬼の心配をしているという自覚がなくなっている事に気が付いたのは、この後続く話が終わってからの事である。

「あなたには分からなかった?私に絡んだ銀髪の男の人」

 遼二の顔が無表情に固まった。

 銀髪のキーワードで、遼二の頭の中には相手と戦う事しか思い浮かばない。

「あの人、人間じゃないよ」

 沙季はまたティーカップを口元に運ぶ。

 遼二の表情は変わらない。

 確かにあの銀髪は人間離れしている。それは肌で実感していた。

 椅子に寄りかかって座っていた遼二が顔を近付けて来る。

「お前、何が言いたいんだ?」

 真面目な顔をしている。

 察しは悪い方だが、さすがに遼二も

『アイツがそうなのか』とは思っていた。だが、沙季の口から直接そうであると言う根拠を聞きたい。そうすれば、銀髪と戦う明確な理由を持てる。

 しかし、沙季自身は何か確実な証拠を元に判断した訳ではない。全ては直感であり、勘であった。だから、返答もこうなる。

「あの銀髪が人狼だってこと」

 沙季の答えはあまりにもストレートで、今度は笑顔を演じたりはしない。

 それでは信用に値するレベルの返答ではないと思いつつも、遼二は心のどこかで、目の前の女の事を信じていたのだろう。

(そういう事にしておくか)

 とだけ考えた。口には出さない。腹の底を読まれたくない気持ちがある。

「何で黙るのよ」

 そう言われるまで、自分が沈黙していた事に気が付かない。

 戦う理由をどう作るか、それを悩むことに没頭していた。

「・・・お前、あの銀髪が人狼だったとしてだ。どうしたいんだ?」

 期待した答えが欲しい。

(戦う理由を俺によこせ)

 心の中ではそれを反復する。

 戦う理由があれば、今すぐにでも準備をして挑みに行くつもりであった。

「んーと・・・、吸血鬼には主従関係みたいなものがあるんじゃないかと思うのね」

 遼二の求めた答えではない。

 だが、事実、吸血鬼は上位の存在に従うようになっている。血を与えた者が相手を支配し、支配された者は上位の存在を守る事が本能として植え付けられる。

 抗うことも出来るだろうが、それには強い精神力が必要とされるものだ。正常な人間が、親殺しをするのよりも重たいであろう。

 とは言え、普通であれば上位の者と同じ血が流れ、その中で自分の本質を同じ方向で確立していくから抗うと考えることはまずないと思われる。

「私の主は、きっとエレナさんなんだと思う。本人がそんなつもりがなかったとしても。だから・・・」

(邪魔は排除したいと願っている訳か)

 この時点で、遼二の心は半ば決まっていた。これから自室に戻って戦いの準備をしようと。

「出来る事なら、あの人狼を始末したいと願ってるよ」

 期待した答えを得て、遼二は伝票を手に取った。

『理由としては正当じゃないが、仕方ないな・・・』

 沙季を見る遼二の目は、やはりいつもとは違った。



top