吸血鬼

著 : 秋山 恵

逢着



 そのハンターは、身体の傷を癒す事に専念した後、教会に向かった。

 雇い主が居る教会である。

 この場所は、教会としては知られていない。

 住宅街に隣接するオシャレな商店街の一角を曲がり、夏になると緑で溢れる階段を登った先に建つオフィスビルに似たような建物だ。

 信者向けではなく、ハンター向けに存在しており、この地方のハンターや標的に関する色々な事についての管理をしていた。

 その為、建物には教会のシンボルはついておらず、見た目もスッキリとしている。

 そのハンターが来訪した部屋は八畳程の広さで、革張りのソファとガラステーブル、50インチはある大きなディスプレイが設置してあり、エアコンから出る冷気で部屋が満たされている。都心からは少し離れたベッドタウンの、小高い丘の上にある近代的な建物の一室であった。

 ハンターは、頭髪を染めているのだろうか、グレーかもしくはシルバーに見え、毛の質は非常に硬そうだ。短く切りそろえられており、整髪料で天を突くように立てられている。瞳はブルーで、まるで刃物のように鋭く見えた。唇は薄く、鼻は高い。身長は座っていても高い事が分かり、180以上はあると見える。白人のようだが、肌は浅黒く見える。

 向かいには生真面目そうな顔をした男が座っており、そのハンターを見据えていた。

 ハンターは、静かに口を開く。

「・・・シェーラは、多分死んだ」

 表情が、雇い主の眼鏡に映って見えていた。まるで負け犬のように見えている事だろう。と、当人はそう考えた。それは本人の思い込みによるものであって、決して相手の目に映っている姿ではない。

 逆に、雇い主の眼に映っているのは、一旦は敗走したものの、ふてぶてしくまだ標的に対して食らい付いていく猛獣である。

「数ヶ月ぶりに現れたと思ったら、第一声がそれとはな」

 残念そうに発せられた。

 少し黙り込んだ雇い主の俯いた姿が、まるで頭を下げているようにも見える。

「しかし・・・、あの女はそれ程までに強いのか」

 生真面目の冷静な顔が歪んでいく。雇い主の渋い顔に、過去の忌まわしい記憶の存在を感じた。

「仲間内で最も腕の立つ男が、まるで赤子の手をひねる様にして負けた。俺もあの女には、かなり昔に屈辱的な敗退をさせられている。だから、あなた方に依頼を出したのだが・・・」

 と、呆れたように首を横に振る。

 続けて、

「規格外を更に上回るとはな」と呟いた。

 雇い主は顔を上げ、指先で眼鏡を持ち上げて掛け直すと、そのハンターの眼を見た。

 お互いの眼光が鋭く、何も知らぬ者が見れば、一触即発な状況にすら感じられるだろう。

 ハンターは口を開く。

「我々の一族は長年教会に付き従ってきた。教会の手に負えない相手は全て我々が倒してきた。だが、今回のような相手は初めてだ」

 まるで、書いてある説明でも読むような喋り方をした。そして、一呼吸置いて話を続ける。

「一族のこの忌まわしい力を使ったとしても、倒せるかどうかが分からない・・・」

 今度の言葉には感情が篭っていた。

 自虐的な笑みと、それでも鋭利な刃物のような目に、一種の狂喜が感じられる。言葉とは裏腹である。今置かれている状況を楽しんでいるようにも見える。

 雇い主は、(歪んだ男だ)という印象を、そのハンターに持った。そしてその歪みを、仲間内の最も腕の立つハンターに重ね合わせる。

 表情が似ている。口元は笑ったような形をしているが、目は鋭いままだ。

「続けるのか?」

 ハンターはそのまま小さく頷く。

「ああ、続ける。このまま終わらせるつもりは無い。シェーラの弔いをしなくてはならないからな」

 真剣な表情になり、遠くを見るような目で返事をした。その先に見えているのは、頼もしい相棒の姿であり、共にくぐり抜けてきた戦いの記憶である。

 死んだと思われるシェーラとそのハンターの間にあった絆は、どうやらただの戦友のレベルにはないようだ。

 深い信頼関係は恋人同士のようにも感じられるが、そのような感覚では無く、親友や兄弟のような物に近いようである。

「ところですまないが、武器を借りたい。この国では入手が面倒だ」

 雇い主は無言で頷くと、ソファから立ち上がった。

 多少、ソファに触れていた面に湿り気を帯びているのを感じる。冷房が効いた室内だ。暑さによるものだけではない。

「武器庫の鍵を開けよう。好きな物を持っていくと良い。今、オフィスからキーを持ってくる。・・・部屋を出て右突き当たりの階段を下りたところに休憩所があるから、そこで待っていてくれ」

 ハンターは、

「助かる」と一言だけ礼をし、扉を開けて出て行った。

 部屋の中に緊迫感があったのだろう。ハンターが出た後の雇い主の表情は、緊張がほぐれたような、安堵の表情で溢れていた。



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