吸血鬼

著 : 秋山 恵

逢着



 紗季が同族らしき相手を発見したのは、部屋を抜け出した数時間後。

 人通りの少ない川沿いの緑地公園の陰の方、血の匂いに誘われるようにして奥へ奥へと入り込んでいくと、竹藪のど真ん中で若い男が高校生くらいの若い女を貪っていた。

 首筋に牙を突き立て、角度を変えまた突き立て、突き立て、その光景はカマキリが蝶を捕食するようなグロテスクな様子と被るところがある。

 牙を突き立てる感触が愉しいのだろう。

 どういう事か、女の命の灯火が少しずつ小さくなっていくのが感じられる。

 その現象に興味を持った紗季は、気配を消すようにおとなしくしつつ、暫くの間様子を見る事にした。

 吸血鬼が相手を殺さず血を搾取し続ける為の能力だろうか。

 はじめはガスバーナーのようにコウコウと吹き出ていた炎が、数分後にはアルコールランプのようにヒラヒラと揺らめく程度にまで落ちていき、最後には仏壇の蝋燭程度にチラチラと小さく燃える火と同じ程度にまで落ちた。

 そろそろマズいなと言うのが感じられたところで、紗希は地を蹴った。

 乾いた植物のクシャリと言う音を残し、まるで獲物を襲うハエトリグモのように動く。

 距離は少しあったが、男が気が付いて動揺して逃げようとする前に間合いに入る事が出来た。

 身体が相手をねじ伏せる為の行動は勝手に出てきた。

 おもむろに、振り向いた男の顔面を鷲掴みにして力いっぱい地面に叩きつける。ザッと乾ききった植物の散る音がした。

 笹の枯葉がクッションになり、相手のへのダメージは無いに等しい。

 倒れた相手の顔面を上から踏みつけてそのまま少し後ろに跳び、膝に体重を掛けて鳩尾への一撃を入れる。

 相手が完全にノビたのが分かると立ち上がって、朦朧としてフラフラと倒れそうになっている女を抱きかかえた。

 チラチラと燃える火の感覚がまだ感じられる。

 死ぬ事は無さそうだ。

 女を抱きかかえたまま、男を片手で掴んでベンチがある所まで歩いていく。女の方をベンチに寝かせると携帯で救急車を呼んだ。

 女はぐったりとしている。

 先ほどは高校生かと思われたが、顔は意外と大人びている。メイクの仕方を見て、手馴れているのだなという事が感じられた。

 紗季は周囲に他の人間の気配が感じない事を確認し、再び男を掴んだまま元の場所に戻った。

 男を枯れ笹の上に放り投げて数メートル離れて座る。

 男の生命の火は普通の人間よりも強い。だが、紗季自身の内に秘められているものと比べるとかなり小さく感じた。

 人間より力は強いだろう。

 元々の身体の造りが違う。ジッと見ていると、なぜか筋肉が白いのが分かった。本能的に、肉体に瞬発力があるのだなと判断出来る。

 遠くに救急車のサイレンが聞こえた頃、その音に気が付いた男が呻き声と共に目を覚ます。

 立ち上がり、近付きつつある紗希の顔を見て戸惑っていた。

 相手の男にも、紗希が同族である事が判ったのであろう。

 この男にもエレナの血が混じっている。紗希にはそれが直感出来た。

 自身は一人っ子だが、兄か弟を見ているような感覚がある。

「何だお前・・・?同じニオイがする」

 男が恐る恐る声を発する。

 紗希は言葉を発せず、立ったまま男を見下ろした。紗季の中のエレナの血が濃いせいだろうか、無節操に血を求める事に哀れみすら感じていた。

 同じニオイがするという言葉に多少の怒りも感じる。

「私が止めなかったら、あの娘、死んでたわよ?」

 目付きも鋭く、威圧するよう殺気を発して答えた。怒気に似た声に周囲の虫の音がにわかに止む。

 暗闇の中であったが、お互いはよく見えた。

 男の表情に脅えがある。

 紗希とは違い、感情の起伏は激しいようだ。恐怖もあれば、先程貪っている時のように恍惚な気持ちも強い。

 エレナの血が薄いのであろう。

 自分も、エレナから直接血を得ていなければこのようになっていたのだろうか。そう思うと嫌な気持ちになった。

 黙ってしまった男に、紗希は言葉を続ける。

「今までに殺した相手はいるの?」

 胸倉を掴み、まるで幼子を建たせるようにして相手を持ち上げた。

 細い腕に不釣合いな腕力である。

「い、いない。と思う。死ぬ直前でいつも止めるから・・・」

 先程の勢いを考えると、その言葉は信じるに値しないと思われた。その場では死ななくても、放置して去ったら死んだ可能性だって大きい。

 紗希は本能的に、血から記憶を引きずり出す方法を思い浮かべた。次の瞬間、牙を首に突き立てる。口の中に広がる甘い香りを楽しみつつ、記憶を探った。

 紗希はこの男と一度会っている。エレナに担がれる自分の姿を、他人の視界から見た。

 何度もハンターに追われている。その中には、つい最近会った男の姿もあった。

「あなた、よく生きてこれたね」

 男は首を押さえながら、バツの悪そうな顔をしていた。

 今まで一方的に血を搾取していた者が、今度は逆に搾取されたのだ。

「あんた、何者だ?」

 沙季は、苦みばしった顔をしながら応えた。

「さぁ?・・・あなたの仲間じゃない?あまり認めたくはないけどね」



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