短編集

著 : 会津 遊一

正しい携帯電話の使い方


「これは、今世紀最大の大発明だな」


 S博士はそう呟いた。


 その声を、空き巣の様に聞きつけた隣の住人が小走りで駆けつけてきた。


 どうせ、また妻にイタズラでもして怒られ、家の外に叩き出されていたのだろう。


「やぁやぁ、S博士、こんにちは。今日は、どんな発明が出来たんですか?」


「君か。これを、見てくれ」


 S博士は小さくて細い箱を握りしめていた。


「……これは携帯電話ですか?」


「ああ、そうだ。ただし、普通の電話ではないぞ」


「と、言いますと?」


「携帯電話の中に入れる携帯電話なのだ。まさに究極の発明だとは思わないか?」


 興奮するS博士をよそに、隣人は冷めた顔で言う。


「それで、具体的に何が出来るんですか?」


「具体的に?」


「ええ、そうです。車や飛行機は人を運び、テレビは娯楽を産む。非生産性の発明なんて、本当に世紀の大発明なんて言ってもいいんですかね?

 私は、それじゃあ価値はないと思いますよ」


「う、うーむ、なるほど。携帯電話に入る。この仕組みを思いついた時は大発明だと思ったんだが、言われてみれば何も出来ないかもしれない」


 S博士は落胆し、携帯電話をゴミ箱に捨てようとした。


 それを隣人が奪い取った。


「まあ、待ってくださいよ。世紀の発明では無いかもしれませんが、これはこれで面白いですよ。2.3日、私に貸してくれませんか」


「それは、かまいませんが、何をするつもりなのです?」


「ふふ、それは妻の悲鳴を聞いてからのお楽しみって所で」




 それから、数日経っても隣人は現れなかった。


 このまま何の音沙汰もないのは不気味だったので、S博士は表で遊んでいた隣人の子供に話しかけた。


「お父さんは、何処に行ったか知らないかい?」


「家にいるよ。でも、今は出られないんだって」


「出られない?」


「うん、ママがね、携帯電話の電源を切っちゃってるの」



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