短編集

著 : 会津 遊一

母親の言葉は呪い


 母親は私のことを見て、可愛いね、と言う。

 しかし、私が不細工という事は、私自身が一番理解している。

 私には可愛さの欠片も無い。


 高校時代は授業中に、唾の付けられた紙くずをよく投げつけられた。

 教師も笑いながら、私に掃除しておけよと注意してくる。

 その時、私はダルマの様な笑顔を作って我慢するだけだった。

 でも今なら怒鳴り散らす事も、教師に言い返す事も出来る。


 それでも、あの母親だけは変わらない。

 私が結婚して家を出た後も変化しない。

 偶の正月に実家を訪れても、ビー玉の様に乾いた目で私を見つめ、同じ言葉を囁いてくる。

 可愛いね、と。


 小学校の時、私はそう言われる度に嘔吐していた。

 まだ慣れていなかった為、机の引き出しに吐瀉物を流し込んでいた。

 大人になり、引き出しの隅に乾いたゲロの塊を見つけてしまった時、私は死にたくなった。


 だが母の方が先に死んだ。

 特に涙は出なかったが、葬式では全員に頭を下げて知人を出迎えた。


 私は父を1人にするのも忍びなかったので、五歳になる娘を連れて実家に戻ることにした。

 もうこの家には、あの人がいないというだけで、心の底から嬉しいと思えた。


 やがて生活も落ち着き、それが当たり前の様に思えた頃。

 寡黙な父から相談があると言われた。

「話しって何?」

「……お前、アレは止めた方が良い。見ていて可愛そうだ」

「可愛そう?」

「ああ、娘に、あんまり可愛い可愛いって言ってると、お前みたいになるぞ」

 私は驚いた。

 そして振り返ると、母と同じ目をした五歳の女が、私の事をジッと見詰めていたのだった。



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