私は、しがない古美術商である。
今日は隠れた一品を探しに、古物商許可が下りていないノミ市に参加していた。
そこで、変な男に声をかけられた。
「ちょいと、そこの格好いい旦那、この仮面を買いませんか?」
「私か? ……私は自分の守備範囲の物しか買い取らないよ」
無論、これは嘘である。
古物を扱う者に本音を明かしていたのでは、値段交渉の時に足元を見られるに決まっている。
「まあ、そう言わないでくださいよ。特に買っていただきたい。この真実の仮面は、旦那も欲しがる、とっておきの秘密があるんですから」
「どんな?」
「それは言えません。買ってからのお楽しみって奴ですよ。因みに、納得していただけないようでしたら、お代はお返しします」
「ふむ、それは凄い自信だな」
少し悩んだが、私は買い取ることにした。
いざとなったら返品できるのだから、ここは一つ、後学のために購入するのも面白いかもしれないと思ったのだ。
帰宅後、私はいそいそと居間に入ると、既に妻が陣取ってテレビの前に憮然と座っていた。
私が帰って来ている事に気が付いているが、此方を見向きもしない。
まるで私に興味がないようだった。
以前はこんな関係ではなかった。
ただ、少し借金を抱えた時から、愛が歪んでしまったらしい。
何とか、修復したいという思いはある。
ただ、直ぐにどうこうできる話でも無いので、とりあえず私はバッグから仮面を取り出したのだった。
そして、裏返して確認するも、それは何の変哲も無い木彫り作りだった事が解ったのだ。
変わっていると言えば、黒い汚れと細かい陰影がビッシリと掘られている事ぐらいか。
しかし、これぐらいの細工など、有り触れていて珍しい物ではない。
もしかしたら、これはあの男に騙されたかなと思っていると、あの妻が話しかけてきたのである。
「アンタ、また誰かに偽物掴まされたのかい?」
「五月蠅い、まだそうだと決まった訳じゃない」
「だって、アンタ渋い顔をしてたじゃないか。そう言う時は、偽物だと相場が決まってるんだよ。大方、褒められて、調子に乗ったんだね」
私はその言葉にカチンときた。
「何だと! 豚みたいに、食っちゃ寝しているお前には言われたくはない!」
「な、なんですって!」
妻も頭に来たのか、顔を赤らめて殴りかかってきたのである。
咄嗟のことに、つい私は仮面をかぶって身を構えてしまった。
しかし、次の瞬間、もし壊れてしまっては返品することも出来なくなることを思い出し、私は慌てて仮面を外したのである。
すると、妻は急に怒りが治まったのだ。
いや、突然、腹を抱えて笑い出していた。
「あはははは、アンタ、粋なことをするじゃないか」
私が呆然としていると、笑顔の妻から手鏡を渡された。
すると、あの男が言っていた仮面の秘密という奴に気が付いたのである。
私の顔には、ススで文字が刻まれていた。
「ごめんなさい、愛しているよ」、と。