平行世界のOntologia

著 : 柊 純

act29:進軍開始


 空から見下ろす世界は、まるでミニチュア模型のようである。出来の良いジオラマのようだが、細々と動く野鳥や木々のうねりにリアリティがあった。

 翔んでいるオブジェクトは、大きな群れをなしている。風に乗り、大陸中央に向かっていく。バトル対象にならない飾り物であり、ある特定のパターンに合わせて、プログラムされた関数通りの行動を見せる。

 このまま大陸中央を抜けて、設定上、北で繁殖するのだろう。

 距離が良い。

 タクヤは、朱雀から支給されたライフルを構えた。スコープを覗いて、その向こうに鳥の群れを入れる。

 照準を合わせようとするが、揺れて定まらない。それを見て、ミシェルが、

「タクヤさん、それ、難しい?」

 しゃがんでアゴに両の手を当て、つまらなそうに問い掛けた。

「標的に合わないよ」

 笑いながら、引き金を引いた。

 赤みがかった空気の塊が飛んでいく。が、それは反れて下に落ちた。フィールドに吸い込まれ、一瞬チカッと光る。

 二度三度、続けて撃つ。火薬の代わりになる魔力触媒が光り、鳥の群れに飛んだ。

「タクヤ君、それじゃダメ。照準は、スコープに標的を入れたところで魔力追跡させないと。弾の軌道制御にも使うから、しっかり魔力を注入する。でないと物理の法則が生きて、放物線を描いて落ちてしまう」

 エリカが立っていた。

 髪を風に揺らし、颯爽とした雰囲気で歩み寄ると、タクヤに構えるように促す。

 構えたタクヤに体を密着させて、

「魔法はスペルで魔力を動かすけど、魔道銃は魔力をイメージで動かして補助する感じ。添えてる方に集中してみて。私が照準を合わせるよ」

 構えたタクヤのスコープに標的が入る。魔力が注入され、ロックオンされた。照準は獲物を追い、ジリジリと動き続ける。

「弾丸にも魔力を。引き金側に集中して。で、引き金を引いて」

 タクヤの腕に手を這わせた。

 引き金が引かれる。

 音が違った。

 威力のある、重く震えるような音の波に、装備が振動した。

「ね、簡単でしょ?」

 羽根が舞い、鳥の群れが散った。

「コツさえ掴めば誰にでも扱えるよ。照準は、目に集中する感じ。じゃ、次、自分でやってみよ?」

 タクヤは言われたように、構えながらライフルに魔力を流し込む。僅かな魔力で標的を照準に入れた。

「隣の標的に変える時は一旦魔力を止めて。照準にあったら魔力を再度注入。少し練習してみて」

 言われた通り、標的を切り替えてみる。慣れると楽しく、スナイパーのような気分になれた。

「そうそう。上手。そうしたら次、どれか適当に狙いを定めて」

 別の群れの長だろうか。一際大きなものを狙う

「引き金を引く前に魔力を注入ね。軌道を維持するには、ここからあそこの群れの主まででも一秒程度だよ。逆に注入し過ぎてもダメ。設計がゲームだから、閾値超えると風船が割れるみたいに消えちゃう。標的までの距離と魔力量を覚えて。それじゃ、注入して、引き金引いてみて」

 最期の声のトーンに甘いものを感じて、ミシェルが立った。既に熱中しているタクヤには、それは見えない。引き金を引いた。

 重い震動が、銃身から伝わる。

 エリカの射撃と同レベルの音が鳴った。群れの主が背をそらせて落ちていく。

「うまいっ!センスがある!タクヤ君、私の隊に配属しておくね」

 タクヤが自慢気にミシェルを見ると、その頬は膨れていた。

 ミシェルとタクヤは、エリカに連れられて朱雀の旗艦に移った。

 この世界最大の船は、見た目も装備も別格だ。ロステク船の中でも飛び抜けて巨大で、甲板だけでかなりの数の人数を収用できる。

「凄い人数ですね。飛べるんですか?」

「タクヤ君、愚問だよ」

 エリカは腰を手に当てて、

「ここは仮想世界なんだから、パラメーター操作すれば町だって浮く!」

 キリッとして、真っ直ぐ言い切った。

「エリカさん、夢も希望もない。酷い」

「あちゃー、言い切ったか」

「もう少し捻ろうよ。それじゃレイラと同レベルだよ」

「笑うとこ?エリカさん、これ笑うとこ?」

「あー、早く終わらせたい。歯医者の予約入れてあるんだよな。あ、エリカ、尻触って良いか?」

 周りのガヤが面白く、タクヤは失笑した。

「え?ええぇ?別に、ウケ狙ったりしたんじゃないんだよ。笑いとろうとか、そんなじゃないんだよ」

 目を白黒させながら全力で言い訳に徹する姿に、場が和んだ。

 遠く、甲板の中央に、レイラとその取り巻きが見える。ミシェルもそのチームに配属されていた。少し不満がありそうだったが、この世界の企画を立てた人物が居ることを知るや否や、

「し、仕方ないからそうするね」

 と、飛んで行った。

 意外にもミーハーな行動を取ったその裏には、実は当人同士が知り合いだったという過去が隠されている。

 キャラクターのボイスプラグを作る際に何度も顔を合わせていたし、色々と話をした。イザヴェル以外に作っている新しい世界観、そのプロジェクトの話を漏らしてくれたのが印象深い。年の割に若く見えるが、よく見ると年相応に見える。そんな人物だった。そんな話をしていたのがつい昨日の話だ。

 システムメッセージが流れた。

 今回の戦い用に、特別な装備を配布したという連絡だ。ダメージを限りなくゼロに近付ける軍服で、全員が着用することを強制させられた。

 防御力が高いだけで、ダメージが蓄積されれば同じことである。それに気付いた者は殆ど居なかったし、気付いた者のその半数以上が、上がりつつある士気に呑み込まれていく。

「エリカ、この装備は過信させちゃダメだ」

 目付きの悪いメンバーが耳打ちするのを、タクヤは他人事のように見ていた。離れたところで別々に戦うミシェルのことが心配で、状況の把握に至らない。

「少しずつでもダメージは蓄積されるし、痛みもあるって言うんでしょ?でも、これ以上の施策は準備できないみたいだから」

「そういうことじゃない。気を抜くなって話だよ」

「士気に関わる。下手なことを口にしないでくれる?私の部隊のメンバーに限って、手抜きをする人は居ないと思ってるけどね」

 誰かが叫んだ。

 その言葉を聞いて、多くが同じ方を向く。北方より、黒い群れが向かってきているのが見えた。

 どよめきと狼狽える声に混じりつつ、プレイヤーの移動が開始された。周囲に飛ぶ船へ、部隊ごとにランダムにテレポートしていく。

 決められた部隊以外は全て、バラバラで均等に分散されていった。合理性などなく、装備している武器でのみ決められた配属方法は、大きな強さのムラを作ったが、キレイに並んだ姿にプレイヤーは引き締まる。

 黒い群れは、次第に巨大化しつつ船団に向かってきた。黒い煙が、風に流されてくるように、隅まで満遍なく広がりながら押し寄せる。

 数分後、先頭に立つ朱雀旗艦の舳先に衝突すると同時だった。攻撃開始の号令が響く。

 システムがBGMを流し始めた。チンケな演出だと感じる者も居たが、多くのプレイヤーが士気を高めていく。

「ただゲーム慣れしてるからとかじゃないよね。大昔の人が、戦場で演奏して奮った気持ちがよく分かる」

 エリカはライフルを構えると、手近に飛ぶ巨大なコウモリの頭を撃ち抜いた。数人が手間取っていた巨大な黒い生き物は、その一撃で動きを止め、甲板に墜落する。

 船が重みで揺らぐ。

 だが、それは別の要因によるものだった。

 いつの間にか、船の左側に巨大な竜が取りついている。

 ストーンブレッドでその姿を見た者が何人もいるようだ。その上、圧倒的な大きさである。旗艦に乗船中のプレイヤーの士気は、滝から落ちる枝のように下がった。

 巨竜の握力で縁に亀裂が入り、正に蜘蛛の子を散らすように人が離れていく。

 どんなに強力な装備に身を固めていても、これだけの怪物が居れば引いてしまうのも仕方がない。

 ただ、数人の人影が残った。

 レイラと青竜のマスター、それに取り巻き数人。ミシェルの姿が最後尾に見える。

「タクヤ君。凄いの見れるよ」

 タクヤは、ミシェルの能力を頭に思い浮かべていた。あの巨竜は、ミシェルが一撃で粉砕したものと同類である。また、それが見れるという意味に受け取った。

 にらみ合いが続く中、敵の攻撃は止まない。

 レイラは、一歩前に出た。

 剣を片手に、力なくぶら下げるように持っている。もう片方を前にかざして、スゥと息を吸った。

 巨竜は、レイラを敵と認めたのか、甲板に足をかけた。そのまま這い寄るようにして顔を近付けてくる。

 熱気が、後ろの方に立つミシェルの元まで届いた。ハロゲンヒーターの前に居るような、顔がジリジリ焼ける感覚に一歩下がる。

 地響きのような唸り、圧倒的な威圧感、普通なら軽く撫でられただけで倒されるような力の差。

 だが、不安はあまり感じられない。この世界を組み立てるのに陣頭指揮を取った人物が、あまりにも堂々としているせいだろうか。

 巨竜が腕を振り上げた。

 この状況になると、取り巻き数人も後ろに下がらざるをえない。

 丸太を束ねたような腕が、咆哮を合図に降り下ろされた。

 船が大きく揺れ、僅かに傾く。

 普通なら、どんなプレイヤーでも一撃粉砕の攻撃である。しかしそれは、空に浮いたまま静止していた。その下には、手をかざして微笑むレイラの姿がある。

「何もしなくても、本当はこんなのは食らわないんだけどね」

 その、半歩後ろに立っていた青竜のマスター、ヨシツネは、身長よりも長い刀を鞘から抜き取った。

「ファンにサービスしてるのか。余裕だな」

「提供する立場だからねー。沸いてくれるかしら?それじゃ、〆を宜しく!」

 ヨシツネは何も言わずに、刀を大きく持ち上げる。天を突いた刀が光り、溜めもなく縦に降り下ろされた。

 何もない空間を割るよう静かに降り下ろしただけで、何も起きず、エフェクトの1つもない。

 その向こう、巨竜は動きを止めている。

 結果は、既に手を下ろして、踵を返したレイラの笑顔が物語っていた。

「アラフォーのチートプレイヤーなめんなよ、入谷」

 実装すらまともにされなかった最大クラスのモンスターは、その場に沈んだ。その姿を見て、多くが納得する。顔面から頚の根元までが刻まれ、断層のようにズレていたのだ。

「アラフォーは余計だな」

 ヨシツネの言葉は、大歓声に飲み込まれた。

「何か凄い歓声。中央の船から聞こえてくるね」

 セシリーは、近くの大鳥数匹を数えるように突き落として、賑わっている方を見た。

 何か巨大なモンスターが、船からずり落ちていくのが見える。

「あの士気の高さ、こっちにも分けてもらいたいもんね」

 隙なく戦ってはいるものの、どうにもぎこちない。

 運の悪いことに、この船に追加された人員には青竜が含まれている。

 シビラが退屈そうな顔をして、

「仕方ないでしょ、システムがランダムに配置したんだから。ハイロウメンバーがはぐれなかっただけ、良いと思うな~」

 それだけ、チームのバランスが取れていた。

 そして、均等割り振りで手駒が追加されたのも、ハイロウメンバーが基準になっている。

 現状のバランスを保ちつつ、戦力が盛られた。

 ただどうしても気に入らないことがある。

「セシリー、あの男が気に入らないのは分かるのね。でも、今は戦う相手が違うじゃない?終わったら、私もガス抜き手伝うからさ」

 二人が同じ方向に顔を向けると、青竜のメンバーをうまく指示して戦うケインの姿が見えた。

「うまく戦ってるじゃない。ここのトップはセシリーなんだし、“使ってやってるのよ”くらいに思えば良いと思うな」

 船に戻ってから、また眠りについてしまったカヤに代わり、シビラは色々とフォローをしてくれた。

 カヤとはまた違った、温かみのあるシビラの補助のおかげで、周りをまとめるのが楽であったし、安心感も大きかった。

 シビラは、数分後に戦闘が終わり、苛立ちを隠せないセシリーに代わって指示も出した。

 うまく話をしてくれたので、AngelHaloのメンバーも納得して行動したし、外部からの増員メンバーも当たり前のように甲板で待機した。

 もっとも、拠点化された船のため、セシリーの許可なしで中に入ることは不可能であったが。

 戦闘終了から一時間程後。

「後方支援」

 本部からの通達をシビラが展開し、メンバーの殆どが憤りを露にした。

 この後方支援には訳があり、その裏にはミシェルとレイラの取り交わしがあったのだが、全てが終わった後でさえ、メンバーの耳には入らなかった。ただ一人タクヤだけは聞いていたが、その話は誰にもしなかったらしい。

 中央の浮遊大陸に向けた進軍が開始されると、近くには数隻の艦船だけが残った。

 そこは、レッドベル上空。

 破壊し尽くされた町ではあったが、四方を四神拠点に囲まれ、外壁だけが無事に残った形になっていた。

 子供が飽きて破壊したブロックのお城のように無惨なその城塞都市は、今、物資補給のための拠点となっていた。

 レイラには必要ないと判断されたものだが、ミシェルとの話の中で再浮上し、そのまま採用に至ったようだ。

 上空の風は強く、セシリーの髪を乱した。

 視線の向こうには、ケインが立っている。

 特殊な軍服はいくつか種類がある。ある程度の立場に立つプレイヤーには装飾品の違いがあり、ケインは一般のプレイヤーとは違うものを着ていた。

 お互いに視線は合っている。片方は鋭く、もう片方は無表情に近い。

 あれから一週間。色々ありすぎて忘れがちではあったが、いざ目の前にすると沸き出てくる。

 怒りの感情。

「良いですね。その表情。いつまでもそのまま近くに置いておきたいと思います」

 無表情だ。

 これは本物の無表情で、フィルターを掛けて隠したものではない。女の視線は、細かな動きを捉えている。その、微風が水面を僅かに動かす程度の動きの向こうは見えない。

「この戦いが終わったら、どこかに消えてくれる?二度とうちのチームに近付かないで欲しいんだけど」

「気持ちは判りますがね、想いの通りにはいかないものですよ」

 不敵な物言いに、表情まで崩して笑いだした。

 昔の冷静沈着なケインからは想像が難しいくらいだ。

「挑発するなら、今の全部終わってからにしてくれる?って言うか、笑いすぎじゃない?」

「すまない。茶番が好きなんだけど、もう我慢できないんだ」

 口調が変わっている。

 もはや別人の域だ。

「カヤが寝ていて良かったよ。これじゃすぐに理解されてしまうからね」

「誰?ケインですらないでしょ」

 セシリーは怯えて後退した。

 子供の頃に変質者に出会ったことがあり、その時の記憶が、強烈な嫌悪感と共に甦る。

 ケインはジリジリと近付いてきた。

 セシリーは一定の距離を開け、船内に入る。

 ブリッジで寝転がるシビラに助けを求めるように視線を投げ掛けるが、軽く寝息を立てていた。

 ケインの方に向き直ると、船内に入っていた。

 メンバー以外のプレイヤーは許可なく入れないはずだった。

 完全な聖域だったはずなのにも関わらず、ブリッジに足を踏み入れている。

 気の遠くなりそうな不快感が込み上げてくる。

「驚いたかい?」

 無表情に戻ったケインが、セシリーの間近に迫った。



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