平行世界のOntologia

著 : 柊 純

act22:翼を守るもの


 意識が大きく脈を打った。

 それに呼応して、複数の何かがドクンと震える。

 自分が隠れながら用意したものに、誰かが乗ったことを感じたのだ。

 他の公式に実装されたロストテクノロジーの船を参考にしながら作り上げた純白の刃が今、イザヴェルの大空を飛んでいる。

 誰か検閲しているだろうか、それとも気付かれずにいつまでも飛び続けるだろうか。どのような形であったとしても、意識は一つの成功を見た。

 他の者達が造り出す何かは、うまくいくのだろうか。それを考えながら、意識は静かに眠りについていった。

 交代の時間が近付いている。

 この後、船を守る何かが現れる。だが、それを見るのは別の意識だろう。

 意識はたくさんの集合体となり、一つの名前を与えられている。その名は"ゴドフロワ"と呼ばれた。

 ゴドフロワは、交代を繰り返すことで、目覚めた時から休みを取らずに稼動し続けている。そしてこのまま、この世界が終わるその日まで動き続けるのだろう。



「カヤちゃん、これどうするの?」

 舵を擦りながら、セシリーはカヤの方に顔を向けた。

「堪能したらー?」

 カヤとティムはセシリーが持つ舵の手前に座っている。

 装備はくたびれ、汚れきっている。セシリーが現実世界で竹刀を握っている間、カヤたち三人はダンジョンに潜り続けていたのだ。

 こんな大物を手に入れるのに一週間とは、かなり短い時間に見える。それでも、自分が不在の間に努力していた仲間達の軌跡がそこにある。

 カヤが、セシリーのために行動をしていたことは判っていた。

 感極まって涙を潤ませていると、ティムがポツリと呟く。

「セシリーさん。パンツ見えてる。白だ」

 ティムの顔面にセシリーの蹴りがめり込んだ。

「ねぇ、セシリー?まだ試してないから分からないけど、本拠点、この船に移さない?今のところはサブにして。そうすれば、こないだみたいなこともなくなるだろうしさ」

「えっ!そんなことできるの!?」

「わかんない。でも、商隊の連中で移動拠点持ってる人達居るよ。セシリー、ちょっと設定変えてみてよ」

 カヤの言葉に即反応し、ギルドの管理メニューから設定の変更を試みる。

 建物内に居る状態であれば、本拠地をその場に移すことができるはずだった。しかし、何かが引っ掛かっているのか、更新のボタンが押せない。

 これは建物自体が選択できていることを意味しており、別に何か障害になるものが存在していたはずだ。

 トリガーが何であるかは予測も付かない。

「カヤちゃん。船の所有はうちらになってる?」

「なってるよ。はじめてだから確定的なことは言えないけど、マスターが所有の手続きしたことになってるはず。セシリーが舵握った時点でギルドの所有は確定しているはずだけど・・・」

「何か条件満たせてないのかな。ちょっと船の中見てみましょうか」

 ティムが甲板に上がっていく。体格に似合わず、軽い感じで登っていった。

「カヤちゃん。もしかして私のためにこれ探してくれてた?」

「誰かのためかって問われたら、それはセシリーのためなのかもね」

 小さな声だった。

 だが、ハッキリとしていてよく聞こえた。

 本人は内心ドキリとしていたが、表面には全く出てこない。

「セシリーって、小学生の頃は男前な少女だったよね。よく男子相手に喧嘩してたし、大体負けなかったよね。私もよく守ってもらった。セシリーは・・・、希ちゃんはね、人のために何かしようとしてるよね。それが、あなたにとって一番の良さなんじゃないかな」

 セシリーは、心を見透かされたような気分になった。

 自分の心の中にある支えが何であるか、分かったような気がした。

 求められているものと、自分の想いは違うということ。

「なんていうんだろう。セシリーのためと言うよりは、これは私の恩返しなんだよ」

 カヤは、自分自身の個人的な気持ちに関しては触れない。

 本心は決して知られたくない。

 ふと、サラハに見透かされていたことを思い出した。

 これから何かは起きるだろうということ。そしてそれは必ず起きる。

もしかしたらもう始まっているかもしれない。

「カヤちゃん。なんだろう・・・、ありがと」

「とりあえずね、セシリーは落ち込まない。自分の想いとは違うだろうけど、自信持って元気でいてくれたらなって思うよ。でないと、私まで元気なくしちゃうんだから」

「うん・・・、うん・・・」

 セシリーの目元は、いつもの如く涙で光っていた。

 この頃ずっと泣き虫だ。迷惑ばかり掛けている気がしている。

 と、浸ろうとしていたところで、ブリッジの扉が音を立てて開いた。

「船に・・・!何か居る!」

 ティムの焦りようから、何か居るの"何か"は、プレイヤーでないことだけは感じ取ることができた。

 どこからか、「ズルリ」と何かを引きずる音がする。

 重たい縄を引くような、そんな音だった。

「ティム、姿は見たの?」

「見てないです!いえ、見ました!真っ白な尻尾みたいなのがチラッと見えました!けど、先っぽだけであれだと大き過ぎるんですよ!!」

「どこに?」

「甲板から出て、後ろの扉の向こうにあるホール内、ガラス越しにチラっと」

 カヤが最初に入った時には、その場所には何も居なかったはずだ。そこから船内を正面に向けて走って、最終的にブリッジに辿り着くまで何とも遭遇しなかった。

 船が動き始めると同時に目覚めたか、常に移動しているから気付かなかっただけか。

 また、「ズルリ」と音が鳴る。先程より近付いている。

「敵の強さとか分からないよね。バラけない方が良いかも。一度甲板に出ましょう」

 狭いところで逃げ場が無ければ、相手の攻撃を避けることができない。広いところに出てた戦うのが一番良いだろう。

 特に、情報の無い相手であれば尚更そうなるだろう。

 しかし、

「一度降りませんか?ここなら甲板にすぐ出れるし、いざって時はそれも良いでしょ」

 と言う案が、ティムの口から出た。

 戦うことを前提にしすぎていたので、カヤも気付いていなかった。

「ティムの案で行きましょうか。セシリー、降下できる?」

「どうしよう。分からないや・・・」

「上昇するときの逆?にやってみてよ」

「念じたような気がする。どこかマニュアルとかない?えぇと、とりあえず降下するように念じてみるね」

 外を見るとかなりの高度であることが分かった。

 山脈が見えるが、足元の雑草が如く低い位置に並んでいる。編隊を組んで飛ぶ鳥の群れと、傾いた太陽の光が眩しく差し込んでいた。

(ゆっくりと降下して・・・)

 光を正面に捉えたままっだったので、方向を変えるのに舵を回す。その音に混ざって、何かを引きずるような音がどんどん大きくなっていく。

「カヤさん、左の扉の向こうだと思う。一度上に出ましょう」

 ティムがハンマーを構えて、ゆっくりと甲板への階段を登り始めた。カヤも、セシリーに手招きしながら後ろ向きに上がっていく。

 魔力が鳴り、扉が開く音がする。セシリーは、その音と同時に階段を駆け上がった。

 ズルズルと音を立ててブリッジに入ってきたものを、横目にチラリと確認する。

 巨大な白い、翼を持ったヘビだ。

 セシリーはカヤの後を追い、飛び出すようにして甲板に出ると、着地と同時に振り返り、その間際に小烏丸を抜いた。

 ブリッジに繋がる階段から、そのヘビは巨体をうねらせて出てくる。

 見た事のないタイプのモンスターだ。

 そいつは、甲板に出ると翼を開く。外の空気を目一杯吸い込むように、ゆっくりと広がる翼は全開になる。

 どちらかと言えば、神々しい雰囲気を持った、優しい表情をしているようにも感じられた。

 カヤが弓矢を構えて後ろに大きく下がる。完全に戦闘体勢に入っていた。それに習って、ティムもハンマーを取り出す。柄の長い、先の小さめなハンマーである。片側はピックのようになっており、貫通も機能しそうだ。

 ヘビはその姿を確認するや否や、口を大きく開いて威嚇してきた。

「この船の持ち主ってことなのかしら・・・?」

「倒せば完全に私達のものってこと?」

 セシリーだけは、そのヘビを悪い存在ではなさそうだと感じていた。だが、カヤ、ティムだけでなく、向こうも、こちらを敵だと認めているようだ。

 睨み合いが始まる。

 セシリーは後ろに目を向けず、正眼の構えで相手の目を見据えたまま、自分の間合いを取る。リーチは相手の方がある。懐に飛び込むことも考えたが、相手はヘビである。巻き込まれたら終わるだろう。この場合、カヤの弓矢での攻撃に頼るしかない。

 自分にできることを冷静に考えるが、見つからなかった。心がズキンと痛むような気持ちになる。

 せめて囮になれればと思うが、カヤはセシリーを助けることを優先するだろう。

 ヘビの口から炎が漏れている。

 外の風景に山脈が混じり始める。船体は降下を続けているようだ。

「カヤちゃん、エレノア呼んで!降下し続けてる!」

「もうした。このまま降下し続けてたら地面に激突しない?」

 ヘビが、今のやり取りを聞いて口を閉じた。

 セシリーの頭には、もしやという気持ちが現れる。相手には敵意はないようにも感じた。

「カヤちゃん、撃たないでね」

 そう言って刀を鞘に納めて手を広げると、敵意がないことを示して見せる。

 ヘビも、それに応じて翼を畳んで見せた。

「二人とも、武器を下ろして」

 一歩、ゆっくりと足を踏み出し、様子を見てから近付いた。

 相手は頭を下ろして顔をセシリーに近付ける。

 巨大な口は、人間一人くらい容易く呑み込むだろう。

「あなたの船ですか?」

 コンピュータ相手に何をしているんだろうと思いながらも、優しく問い掛ける。

 ヘビは首を横に振り、脳内に直接返事をしてた。

『この船は私自身。持ち主が現れるのを待たされている・・・』

「待たされている・・・?決められたプレイヤーが、専用のものとして使うために造られたってこと?」

『その解釈で良いだろう』

「それじゃ、私達にはこの船は扱えないってことよね?降りろと言うなら降りる。だから、私達には危害を加えないで欲しい。良い?」

 ヘビの顔が近い。

 後ろから、弓を絞る音が聞こえてくる。少しでもおかしな素振りを見せれば、カヤは躊躇い無く撃つだろう。

 ヘビは、セシリーを舐めまわすようにして見た。

『今、君たちは、私の腹の中にいるようなものだ。危害を加えるも何も、私の意思一つで食い殺すことができる。それをしないことの理由が、君たちにはある』

「遠まわしに言われても分からないんだけど」

『情報がおぼろげで、持ち主とされる者が把握できていない。が、可能性として、君たちはその持ち主であることが・・・』

 言葉が途中で止まる。船の降下が止まっていた。木の海に着水したような状態で、大木を伝えば船まで登って来れそうだ。

 ヘビの顔が、船外に向く。

 ビリビリと何かが感じられる。大気が震えているが、その発信源は分からない。

「敵!?」

 突風が甲板上に吹き付け、三人がバランスを崩す。大きな影が船体を隠した。セシリーには見覚えがある影だった。

『この船を守れるか?乗る資格を見せて欲しい』

 ヘビは甲板上にトグロを巻いた。迫り来る敵に攻撃する意思は感じられない。

 影が羽ばたきながらこちらを見ている。

 面長で、全身が青みがかった金属の鱗を纏い、口元には電流が走っている。新種のワイバーン。これは、先週ミシェルたちを襲ったハイレベルなモンスターだ。

『貴女の仲間は、コレを倒した。貴女たちにはそれができるか?』

「セシリー、一度船を降りよう!エレノアが近くまで来てる!」

 カヤが甲板から地面に飛び降りる。ティムもそれに続いた。セシリーはその場で抜刀して、敵を無感情に見上げる。

『ミシェルが使った何かが、私にも使えるの?』

 周りに聞こえないように、ヘビに触れながら心の中で問う。そんな機能はないが、聞き取るのではないかと直感したのだ。

『貴女への実装は確認できない。使うことはできないのではないかな?』

「そう、なら、実力でねじ伏せてあげる」

 やはり自分にはこのやり方しかない、そう感じていた。周りが何を言おうとも、このやり方しか分からない。

 ワイバーンの口がカッと開く。大きく一息吸って雷撃を発しようとするが、顎に一撃の矢が突き刺さる。バリバリと激しい、木を裂くような音が響き吐き出され、突き立つ矢に向けて雷撃が落ちた。金属製の矢が避雷針の役割を発揮したのだ。

 雷の属性のモンスターに雷は効かない。ヘイトを取る程度の効果しか発しなかったが、カヤからすればそれで充分だった。

 ワイバーンの視線がカヤに向いた時、セシリーは船から飛び出している。空中で刀で天を突くように振りかざし、刃筋はピッタリ九十度。ミリ単位のズレもなく、まるで機械のように精密な状態で右足に狙いを定める。

 スンと空気を縦に割り、右足が縦に真っ二つになった。

 空中でそのまま一回転すると、太い木の枝に着地する。

 轟音のような叫び声と共に、ワイバーンは地に落ちた。が、すぐに体勢を立て直す。

「スゲェ!金属系でも真っ二つ!」

 ティムが感嘆の声を発する。

「まだ終わってない。油断しないで!」

 言い終わるより早く、ワイバーンの尾が降り注いでくる。木の上にいるセシリーを狙って、丸太のような重たい肉の塊が振られた。

 完全に度胸だけで挑んだのだろう。セシリーは、振り下ろされる尾に向けて一閃、完全なタイミングで刃を合わせた。尾の先端だけが本体から離され、飛んでいく。そのまま地を目指して跳ぶ。

「セシリー、ヤバい!再生能力が桁違いだわ。右足がもうすぐ元通りになる!」

 言われて見ると、真っ二つだった足が、傷痕を残してくっ付いている。煙を発しながら、元通りになっていく。対して尾の方は、元に戻る気配がない。

「再生じゃない。回復はしてるけど、切り離せば倒せる!」

 となると、狙うのは頚。着地してすぐに構え直す。そこに左手が爪を光らせて襲いかかった。鋭い槍のような三本の爪は、セシリーの腹部を狙っている。

 避けるのが難しく、刀で受け止めた。薄暗い森の中だが、それが照らされるほどに火花が飛ぶ。威力がありすぎて弾き飛ばされ、大木に叩き付けられた。

 これが平地の戦いであれば何も問題はなかっただろう。衝撃で意識が瞬断した。しかし、ワイバーンにしてみれば充分な時間だ。

 チカチカとさせながら視界が戻る時には、敵の大顎が見えた。時の流れが緩やかになり、矢がワイバーンの頚に数本、立て続けに刺さる。

 だが、動きは止まらなかった。

 セシリーは自分の腹が擬似的に食い破られる感覚と、カッと熱くなるダメージを受ける感覚に再び意識を持っていかれる。

 やはり、自分のやり方は間違えている。胴体を挟み込む顎の力を体感しながら想いを巡らせる。

 体力値が勢い良く減っていくのを見ながら、目を閉じた。

 バキリと背骨の折れる感覚。力が奪われ、手から小烏山丸が抜け落ちる。

 フッと締め付けが消えた。

 ズンと重低音が鳴り、そのままワイバーンの口ごと地面に落ちる。

 目を開くと、ワイバーンに大量の剣が刺さっているのが見えた。

 針山のようになったワイバーンは、消えそうな吐息を漏らしながらぐったりと横たわっている。

 カヤが立っている。

 その周りに、まだたくさんの剣が浮いていた。

(ミシェルと同じ力?)

 視界が電気嵐のように、ザザーッと音を立ててブラックアウトしていく。

 life fail good-bye の表記が流れた。

(初めてキャラダウンしたなー・・・、こんな風になるんだ)

 暗闇の中、ただ、古いコマンドラインインタフェースのマシン画面のように、色々なメッセージが流れ続けた。

 errorの表記が流れ続けている。この後どうすれば良いのかが分からない。メニューも出なければ、流れ続けるメッセージも止まる素振りを見せない。ログオフすることもできない。

 このまま、周りの状況が掴めないのは気持ちが悪かった。

 身体も重く、まともに動かない。

 暗い闇の中、ただ文字が流れ続ける。

 その殆どがerrorである。

「やぁ・・・」

 背後から声がした。

 振り向くと、見覚えのある人物が立っていた。

 顔や声は覚えているが、名前がなかなか思い出せない。卓弥がよく仲良くしていた。

「誰だっけ・・・?」

「酷いな。俺、何度かコクったろ」

 その男は、セシリーの方に歩み寄り、しゃがんで顔を近付けた。

 イケメンだが、服装に難がある。

「あの船はね、俺が実装したんだ。ただ、トリガーとして、ある秘密の力を持つ者だけに開放されるように創られた」

「そう・・・」

「まさかね、バラバラに行動するとは思わなかったんだよ」

「そう・・・、それで、何が言いたいの?」

「カヤちゃんがあの能力を発現したのは、イレギュラーなんだよ」

 男は座ったが、プカプカと浮いているようだった。

「それでも、実装せざるを得なかった。なんでか分かるかい?」

「・・・・・・・・・何が言いたいのよ」

「もっとしっかりしてくれよ。ってこと」

 スッと視界が戻った。

 遅れてきたエレノアとシビラが立っている。

 カヤは、セシリーに膝枕をしながら、寝息を立てていた。



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