意識が大きく脈を打った。
それに呼応して、複数の何かがドクンと震える。
自分が隠れながら用意したものに、誰かが乗ったことを感じたのだ。
他の公式に実装されたロストテクノロジーの船を参考にしながら作り上げた純白の刃が今、イザヴェルの大空を飛んでいる。
誰か検閲しているだろうか、それとも気付かれずにいつまでも飛び続けるだろうか。どのような形であったとしても、意識は一つの成功を見た。
他の者達が造り出す何かは、うまくいくのだろうか。それを考えながら、意識は静かに眠りについていった。
交代の時間が近付いている。
この後、船を守る何かが現れる。だが、それを見るのは別の意識だろう。
意識はたくさんの集合体となり、一つの名前を与えられている。その名は"ゴドフロワ"と呼ばれた。
ゴドフロワは、交代を繰り返すことで、目覚めた時から休みを取らずに稼動し続けている。そしてこのまま、この世界が終わるその日まで動き続けるのだろう。
「カヤちゃん、これどうするの?」
舵を擦りながら、セシリーはカヤの方に顔を向けた。
「堪能したらー?」
カヤとティムはセシリーが持つ舵の手前に座っている。
装備はくたびれ、汚れきっている。セシリーが現実世界で竹刀を握っている間、カヤたち三人はダンジョンに潜り続けていたのだ。
こんな大物を手に入れるのに一週間とは、かなり短い時間に見える。それでも、自分が不在の間に努力していた仲間達の軌跡がそこにある。
カヤが、セシリーのために行動をしていたことは判っていた。
感極まって涙を潤ませていると、ティムがポツリと呟く。
「セシリーさん。パンツ見えてる。白だ」
ティムの顔面にセシリーの蹴りがめり込んだ。
「ねぇ、セシリー?まだ試してないから分からないけど、本拠点、この船に移さない?今のところはサブにして。そうすれば、こないだみたいなこともなくなるだろうしさ」
「えっ!そんなことできるの!?」
「わかんない。でも、商隊の連中で移動拠点持ってる人達居るよ。セシリー、ちょっと設定変えてみてよ」
カヤの言葉に即反応し、ギルドの管理メニューから設定の変更を試みる。
建物内に居る状態であれば、本拠地をその場に移すことができるはずだった。しかし、何かが引っ掛かっているのか、更新のボタンが押せない。
これは建物自体が選択できていることを意味しており、別に何か障害になるものが存在していたはずだ。
トリガーが何であるかは予測も付かない。
「カヤちゃん。船の所有はうちらになってる?」
「なってるよ。はじめてだから確定的なことは言えないけど、マスターが所有の手続きしたことになってるはず。セシリーが舵握った時点でギルドの所有は確定しているはずだけど・・・」
「何か条件満たせてないのかな。ちょっと船の中見てみましょうか」
ティムが甲板に上がっていく。体格に似合わず、軽い感じで登っていった。
「カヤちゃん。もしかして私のためにこれ探してくれてた?」
「誰かのためかって問われたら、それはセシリーのためなのかもね」
小さな声だった。
だが、ハッキリとしていてよく聞こえた。
本人は内心ドキリとしていたが、表面には全く出てこない。
「セシリーって、小学生の頃は男前な少女だったよね。よく男子相手に喧嘩してたし、大体負けなかったよね。私もよく守ってもらった。セシリーは・・・、希ちゃんはね、人のために何かしようとしてるよね。それが、あなたにとって一番の良さなんじゃないかな」
セシリーは、心を見透かされたような気分になった。
自分の心の中にある支えが何であるか、分かったような気がした。
求められているものと、自分の想いは違うということ。
「なんていうんだろう。セシリーのためと言うよりは、これは私の恩返しなんだよ」
カヤは、自分自身の個人的な気持ちに関しては触れない。
本心は決して知られたくない。
ふと、サラハに見透かされていたことを思い出した。
これから何かは起きるだろうということ。そしてそれは必ず起きる。
もしかしたらもう始まっているかもしれない。
「カヤちゃん。なんだろう・・・、ありがと」
「とりあえずね、セシリーは落ち込まない。自分の想いとは違うだろうけど、自信持って元気でいてくれたらなって思うよ。でないと、私まで元気なくしちゃうんだから」
「うん・・・、うん・・・」
セシリーの目元は、いつもの如く涙で光っていた。
この頃ずっと泣き虫だ。迷惑ばかり掛けている気がしている。
と、浸ろうとしていたところで、ブリッジの扉が音を立てて開いた。
「船に・・・!何か居る!」
ティムの焦りようから、何か居るの"何か"は、プレイヤーでないことだけは感じ取ることができた。
どこからか、「ズルリ」と何かを引きずる音がする。
重たい縄を引くような、そんな音だった。
「ティム、姿は見たの?」
「見てないです!いえ、見ました!真っ白な尻尾みたいなのがチラッと見えました!けど、先っぽだけであれだと大き過ぎるんですよ!!」
「どこに?」
「甲板から出て、後ろの扉の向こうにあるホール内、ガラス越しにチラっと」
カヤが最初に入った時には、その場所には何も居なかったはずだ。そこから船内を正面に向けて走って、最終的にブリッジに辿り着くまで何とも遭遇しなかった。
船が動き始めると同時に目覚めたか、常に移動しているから気付かなかっただけか。
また、「ズルリ」と音が鳴る。先程より近付いている。
「敵の強さとか分からないよね。バラけない方が良いかも。一度甲板に出ましょう」
狭いところで逃げ場が無ければ、相手の攻撃を避けることができない。広いところに出てた戦うのが一番良いだろう。
特に、情報の無い相手であれば尚更そうなるだろう。
しかし、
「一度降りませんか?ここなら甲板にすぐ出れるし、いざって時はそれも良いでしょ」
と言う案が、ティムの口から出た。
戦うことを前提にしすぎていたので、カヤも気付いていなかった。
「ティムの案で行きましょうか。セシリー、降下できる?」
「どうしよう。分からないや・・・」
「上昇するときの逆?にやってみてよ」
「念じたような気がする。どこかマニュアルとかない?えぇと、とりあえず降下するように念じてみるね」
外を見るとかなりの高度であることが分かった。
山脈が見えるが、足元の雑草が如く低い位置に並んでいる。編隊を組んで飛ぶ鳥の群れと、傾いた太陽の光が眩しく差し込んでいた。
(ゆっくりと降下して・・・)
光を正面に捉えたままっだったので、方向を変えるのに舵を回す。その音に混ざって、何かを引きずるような音がどんどん大きくなっていく。
「カヤさん、左の扉の向こうだと思う。一度上に出ましょう」
ティムがハンマーを構えて、ゆっくりと甲板への階段を登り始めた。カヤも、セシリーに手招きしながら後ろ向きに上がっていく。
魔力が鳴り、扉が開く音がする。セシリーは、その音と同時に階段を駆け上がった。
ズルズルと音を立ててブリッジに入ってきたものを、横目にチラリと確認する。
巨大な白い、翼を持ったヘビだ。
セシリーはカヤの後を追い、飛び出すようにして甲板に出ると、着地と同時に振り返り、その間際に小烏丸を抜いた。
ブリッジに繋がる階段から、そのヘビは巨体をうねらせて出てくる。
見た事のないタイプのモンスターだ。
そいつは、甲板に出ると翼を開く。外の空気を目一杯吸い込むように、ゆっくりと広がる翼は全開になる。
どちらかと言えば、神々しい雰囲気を持った、優しい表情をしているようにも感じられた。
カヤが弓矢を構えて後ろに大きく下がる。完全に戦闘体勢に入っていた。それに習って、ティムもハンマーを取り出す。柄の長い、先の小さめなハンマーである。片側はピックのようになっており、貫通も機能しそうだ。
ヘビはその姿を確認するや否や、口を大きく開いて威嚇してきた。
「この船の持ち主ってことなのかしら・・・?」
「倒せば完全に私達のものってこと?」
セシリーだけは、そのヘビを悪い存在ではなさそうだと感じていた。だが、カヤ、ティムだけでなく、向こうも、こちらを敵だと認めているようだ。
睨み合いが始まる。
セシリーは後ろに目を向けず、正眼の構えで相手の目を見据えたまま、自分の間合いを取る。リーチは相手の方がある。懐に飛び込むことも考えたが、相手はヘビである。巻き込まれたら終わるだろう。この場合、カヤの弓矢での攻撃に頼るしかない。
自分にできることを冷静に考えるが、見つからなかった。心がズキンと痛むような気持ちになる。
せめて囮になれればと思うが、カヤはセシリーを助けることを優先するだろう。
ヘビの口から炎が漏れている。
外の風景に山脈が混じり始める。船体は降下を続けているようだ。
「カヤちゃん、エレノア呼んで!降下し続けてる!」
「もうした。このまま降下し続けてたら地面に激突しない?」
ヘビが、今のやり取りを聞いて口を閉じた。
セシリーの頭には、もしやという気持ちが現れる。相手には敵意はないようにも感じた。
「カヤちゃん、撃たないでね」
そう言って刀を鞘に納めて手を広げると、敵意がないことを示して見せる。
ヘビも、それに応じて翼を畳んで見せた。
「二人とも、武器を下ろして」
一歩、ゆっくりと足を踏み出し、様子を見てから近付いた。
相手は頭を下ろして顔をセシリーに近付ける。
巨大な口は、人間一人くらい容易く呑み込むだろう。
「あなたの船ですか?」
コンピュータ相手に何をしているんだろうと思いながらも、優しく問い掛ける。
ヘビは首を横に振り、脳内に直接返事をしてた。
『この船は私自身。持ち主が現れるのを待たされている・・・』
「待たされている・・・?決められたプレイヤーが、専用のものとして使うために造られたってこと?」
『その解釈で良いだろう』
「それじゃ、私達にはこの船は扱えないってことよね?降りろと言うなら降りる。だから、私達には危害を加えないで欲しい。良い?」
ヘビの顔が近い。
後ろから、弓を絞る音が聞こえてくる。少しでもおかしな素振りを見せれば、カヤは躊躇い無く撃つだろう。
ヘビは、セシリーを舐めまわすようにして見た。
『今、君たちは、私の腹の中にいるようなものだ。危害を加えるも何も、私の意思一つで食い殺すことができる。それをしないことの理由が、君たちにはある』
「遠まわしに言われても分からないんだけど」
『情報がおぼろげで、持ち主とされる者が把握できていない。が、可能性として、君たちはその持ち主であることが・・・』
言葉が途中で止まる。船の降下が止まっていた。木の海に着水したような状態で、大木を伝えば船まで登って来れそうだ。
ヘビの顔が、船外に向く。
ビリビリと何かが感じられる。大気が震えているが、その発信源は分からない。
「敵!?」
突風が甲板上に吹き付け、三人がバランスを崩す。大きな影が船体を隠した。セシリーには見覚えがある影だった。
『この船を守れるか?乗る資格を見せて欲しい』
ヘビは甲板上にトグロを巻いた。迫り来る敵に攻撃する意思は感じられない。
影が羽ばたきながらこちらを見ている。
面長で、全身が青みがかった金属の鱗を纏い、口元には電流が走っている。新種のワイバーン。これは、先週ミシェルたちを襲ったハイレベルなモンスターだ。
『貴女の仲間は、コレを倒した。貴女たちにはそれができるか?』
「セシリー、一度船を降りよう!エレノアが近くまで来てる!」
カヤが甲板から地面に飛び降りる。ティムもそれに続いた。セシリーはその場で抜刀して、敵を無感情に見上げる。
『ミシェルが使った何かが、私にも使えるの?』
周りに聞こえないように、ヘビに触れながら心の中で問う。そんな機能はないが、聞き取るのではないかと直感したのだ。
『貴女への実装は確認できない。使うことはできないのではないかな?』
「そう、なら、実力でねじ伏せてあげる」
やはり自分にはこのやり方しかない、そう感じていた。周りが何を言おうとも、このやり方しか分からない。
ワイバーンの口がカッと開く。大きく一息吸って雷撃を発しようとするが、顎に一撃の矢が突き刺さる。バリバリと激しい、木を裂くような音が響き吐き出され、突き立つ矢に向けて雷撃が落ちた。金属製の矢が避雷針の役割を発揮したのだ。
雷の属性のモンスターに雷は効かない。ヘイトを取る程度の効果しか発しなかったが、カヤからすればそれで充分だった。
ワイバーンの視線がカヤに向いた時、セシリーは船から飛び出している。空中で刀で天を突くように振りかざし、刃筋はピッタリ九十度。ミリ単位のズレもなく、まるで機械のように精密な状態で右足に狙いを定める。
スンと空気を縦に割り、右足が縦に真っ二つになった。
空中でそのまま一回転すると、太い木の枝に着地する。
轟音のような叫び声と共に、ワイバーンは地に落ちた。が、すぐに体勢を立て直す。
「スゲェ!金属系でも真っ二つ!」
ティムが感嘆の声を発する。
「まだ終わってない。油断しないで!」
言い終わるより早く、ワイバーンの尾が降り注いでくる。木の上にいるセシリーを狙って、丸太のような重たい肉の塊が振られた。
完全に度胸だけで挑んだのだろう。セシリーは、振り下ろされる尾に向けて一閃、完全なタイミングで刃を合わせた。尾の先端だけが本体から離され、飛んでいく。そのまま地を目指して跳ぶ。
「セシリー、ヤバい!再生能力が桁違いだわ。右足がもうすぐ元通りになる!」
言われて見ると、真っ二つだった足が、傷痕を残してくっ付いている。煙を発しながら、元通りになっていく。対して尾の方は、元に戻る気配がない。
「再生じゃない。回復はしてるけど、切り離せば倒せる!」
となると、狙うのは頚。着地してすぐに構え直す。そこに左手が爪を光らせて襲いかかった。鋭い槍のような三本の爪は、セシリーの腹部を狙っている。
避けるのが難しく、刀で受け止めた。薄暗い森の中だが、それが照らされるほどに火花が飛ぶ。威力がありすぎて弾き飛ばされ、大木に叩き付けられた。
これが平地の戦いであれば何も問題はなかっただろう。衝撃で意識が瞬断した。しかし、ワイバーンにしてみれば充分な時間だ。
チカチカとさせながら視界が戻る時には、敵の大顎が見えた。時の流れが緩やかになり、矢がワイバーンの頚に数本、立て続けに刺さる。
だが、動きは止まらなかった。
セシリーは自分の腹が擬似的に食い破られる感覚と、カッと熱くなるダメージを受ける感覚に再び意識を持っていかれる。
やはり、自分のやり方は間違えている。胴体を挟み込む顎の力を体感しながら想いを巡らせる。
体力値が勢い良く減っていくのを見ながら、目を閉じた。
バキリと背骨の折れる感覚。力が奪われ、手から小烏山丸が抜け落ちる。
フッと締め付けが消えた。
ズンと重低音が鳴り、そのままワイバーンの口ごと地面に落ちる。
目を開くと、ワイバーンに大量の剣が刺さっているのが見えた。
針山のようになったワイバーンは、消えそうな吐息を漏らしながらぐったりと横たわっている。
カヤが立っている。
その周りに、まだたくさんの剣が浮いていた。
(ミシェルと同じ力?)
視界が電気嵐のように、ザザーッと音を立ててブラックアウトしていく。
life fail good-bye の表記が流れた。
(初めてキャラダウンしたなー・・・、こんな風になるんだ)
暗闇の中、ただ、古いコマンドラインインタフェースのマシン画面のように、色々なメッセージが流れ続けた。
errorの表記が流れ続けている。この後どうすれば良いのかが分からない。メニューも出なければ、流れ続けるメッセージも止まる素振りを見せない。ログオフすることもできない。
このまま、周りの状況が掴めないのは気持ちが悪かった。
身体も重く、まともに動かない。
暗い闇の中、ただ文字が流れ続ける。
その殆どがerrorである。
「やぁ・・・」
背後から声がした。
振り向くと、見覚えのある人物が立っていた。
顔や声は覚えているが、名前がなかなか思い出せない。卓弥がよく仲良くしていた。
「誰だっけ・・・?」
「酷いな。俺、何度かコクったろ」
その男は、セシリーの方に歩み寄り、しゃがんで顔を近付けた。
イケメンだが、服装に難がある。
「あの船はね、俺が実装したんだ。ただ、トリガーとして、ある秘密の力を持つ者だけに開放されるように創られた」
「そう・・・」
「まさかね、バラバラに行動するとは思わなかったんだよ」
「そう・・・、それで、何が言いたいの?」
「カヤちゃんがあの能力を発現したのは、イレギュラーなんだよ」
男は座ったが、プカプカと浮いているようだった。
「それでも、実装せざるを得なかった。なんでか分かるかい?」
「・・・・・・・・・何が言いたいのよ」
「もっとしっかりしてくれよ。ってこと」
スッと視界が戻った。
遅れてきたエレノアとシビラが立っている。
カヤは、セシリーに膝枕をしながら、寝息を立てていた。