平行世界のOntologia

著 : 柊 純

act21:天を舞う翼


 ストーンブレッド近隣のダンジョン内、カヤとティムが扉の前に立っている。

エレノアは少し離れたところでボーッとしていた。

 エレノアの手には縄が握られており、その先はカヤとティムが結ばれている。

 周囲は鍾乳洞のようになっており、魔法の光に照らし出された洞窟内は、巨大な怪物の胃の中のようにも見える。

 ティムが扉を開く。両開きの扉は、風を緩やかに受けて自然に開いていった。

 特に罠の関係はないように思われる。

 ティムがその辺の石を目一杯掴んで放り込んだが、反応はない。

 先程も似たような扉があり、入った途端に床が崩れ落ちたのだが、エレノアの反射神経がカヤとティムの落下しかかったところを拾い上げた。

「未踏ダンジョンは情報全く無いから怖くてダメだ。地雷原歩いてる気分だよ」

 と言っていると、扉のこちら側の床が崩れた。

 カヤもティムも縄が括られている。エレノアが少し離れたところで紐を引っ張り、壁に叩き付けられたものの、二人とも落ちずに済む。

 ピンと張った縄の向こうから、怒りっぽい声が聞こえてくる。

「十回目!」

「ごめんなさい」

「開いた後に扉の手前が崩れるパターンは、イザヴェル人生の中では始めてかも・・・」

 引き上げられたカヤがボヤいていると、今度はエレノアの足元が崩れた。

 ティムが噴き出す。

「だんだんコントっぽい造りになってきたね・・・」

 先程は、離れて立っているエレノアの上に漬物石のようなものが降り注いだ。

 今まで経験したダンジョンの中では最も広く、仕掛けが多かった。中級者のパーティ専用に作られたもので、未開拓な上に難易度が非常に高い。

 中級向けでも、難易度の高いダンジョンはパーティ推奨でモンスターもかなり強い。上級者が数人で入ってもクリアは難しいだろう。

「いつぞやの、オーガの城に突撃した時の方が十倍楽だった気がする」

 と言うのも、もう一週間、あちこちを探索して回っているからだ。

 あまりに広大なダンジョンである。

 ダンジョンのマッパーは、中級向けまでは踏破率が表示されるのだが、まだ半分程度しか埋まっていない。

 四日目にぶつかったのは、このダンジョン内のボスと思われる、鎧を纏った巨大な蟻のような昆虫だった。サイズは象を四倍ほどにしたもので、三十分ほどカヤとティムで粘ったが、半分ほど体力を削ったところで攻撃パターンが激しくなり、敗走した。

 命からがら逃げ出して拠点で惚けている二人の前に、ストーンブレッドでの戦い以降初めてエレノアが姿を現した。

 四日目が終わる頃の時刻だった。

 二人の目が光ったのに気圧され、すぐにログアウトする予定のエレノアは、蟻退治に繰り出されることになる。

 そこからがラッシュだった。

 五日目、二匹目の蟻、三匹目の蟻が発見される。

 この二匹は、エレノアの鬼神の如き活躍で倒されたが、六日目のログイン後一時間ほど経った頃、最後の一匹らしい赤蟻が強かった。

 頭が大きく、顎の力が強い。そして、噴き出す酸の威力が尋常ではない。

 カヤとティムは数分で武器を失った。

 エレノアは顎に貫かれ、胴に大穴を開けながらも、赤蟻の頭を派手に砕いて何とか沈めることに成功する。

 体力値は残り一割ほどで、本人曰く久々の危機だったそうだ。

 後日、これをネタにティムが「エレノアの串刺し話」として展開し、追い掛け回されるハメになる。

「エレノアさん、上がってきませんね。また串刺しにでもなったかな・・・?」

 ティムが、エレノアの落ちた穴を覗く。

「ちょっと、しっかりと持っててくれる?で、もう少しだけ下に降ろして」

 壁面にしゃがむようにして立って、壁を調べていた。

 ティムが立っている位置からは、違いが全く分からない。

 エレノアの位置から見ると、何かが違うようだ。

 ガツガツと、少しの間壁面のあらゆるところを殴っていたが、ピタリと動きを止めると、

「カヤ、ティム、しっかり持ってなさいよ」

 壁を蹴って空に浮き、戻る反動を利用して壁を叩いた。

 ガラガラと崩れた壁から、鎖のようなものが現れる。

「ちょっと。核心突いてない?普通なら、落とし穴の中の仕掛けは隠さず見えてるもんでしょ。余程大事なものと見た!」

 エレノアが、じゃらりと鎖を引いた。

「引いちゃうんですか!」

 どうにかなりかかっているのか、ティムが爆笑する。

 ややあってから、地響きが聞こえてきた。

 近い。

 カヤが振り向くと、扉の向こうの壁の一角が開いていた。エレノアを引き上げると、三人は開いた穴へ向かう。

 扉を越えたところから、明らかに人工的な洞窟に変わっている。新たに開いた横道は、全体的に頑丈な造りになっていて、統一されて磨かれた石のような素材で固められていた。

 天井はアーチ状になっていて、所々魔道石がハメ込まれている。

 灯りになっている魔道石の光は赤白く、まるで白熱球のようであった。それは、次第に光度を増して白くなっていく。

「なんか、映画で見る地下基地みたいだ」

 ティムの言葉にカヤが、

「明らかに外界とは違うデザインだよねー」

 と返す。

「カヤさんが探してるのは、この世界で言うロストテクノロジーなアイテムですよね。で、この、上の世界では見られない光景。当りじゃないです?」

 三人は頷いた。そして、長く延びる回廊の奥を見据えて、歩み始める。


「私ね、剣術指南でスカウトされたの。動きにおかしいところがないかとか、そういうの見るのに。他にも何人か有名な剣術家とか格闘家の人とか参加してるみたいだよ」

 シビラは、刀を振るように手をヒラリとさせた。

 一時は憧れに近い存在でもあった人の動きである。 眩しく見えた。

「良いの?そんな話バラして」

「別に良いよ。でも、ナイショにしといてよ」

 唇に人差し指を立ててくっ付けると、楽しそうに笑った。

 意気投合して出掛けた近郊の溜め池から、巨大な山脈が見えた。そこを越えれば青竜の完全な支配域に入る。

 山脈に切れ目があり、そこに町が栄えていて、シビラはそこの管理者として赴任しているそうだ。

 南端への出兵も迅速に行え、西方面にも足を伸ばせる上に、南方の商隊は必ずそこを経由していく。

 このお陰でかなり大きな町へと発展した。青竜南端拠点から南地方向けの道は警戒が厳しく、険しいのが大きな理由である。

 青竜領の最西端に当たる重要な拠点である。

 人口は過密しており、先日の後詰めであの人数が出せたのも理解ができた。

「あ、見えた見えた。あそこ。かなり広いダンジョンになってるの。まだ未踏破なんだ」

 カヤから、船を探すのに未踏破ダンジョンを巡る旨のメールがきていたので、この辺りのものを教えてもらおうと話題に出したのだが、

「よし、それじゃ行ってみようか!」

 と、話が飛躍してしまった。 

 道中シビラの実力を見れたので、それはそれで大きな収穫にはなったのだが、セシリーは自信をなくす結果にもなった。

 動きに付いていけない。通常の攻撃が、既に技を使ったそれに等しい。その力量なら、エレノアと互角にやりあえるだろう。

(自信無くしたなぁ)

 ガックリと肩を落として、嬉しそうに歩くシビラの後を追った。


 カヤ達の視界の先に、巨大な空間が広がっている。

 三人は、その空間内部を唖然として見上げていた。

「ねぇ二人とも、あるよね」

「ありますね」

「どうやっても届かないと思うけどね」

 巨大な空間に、その飛行船は浮いていた。

 飛行船と言うにはあまりにスマートで、下から覗いている分には気嚢が見えない。

 左右に四門ずつ砲が装備されており、純白の船体には窓が付いているのが見える。

 先頭のガラス張りになった部分がブリッジだろうか、暗くてよくは見えない。

 サイズは、現在のAngelHalo拠点の三倍ほどあり、収容人数で言えば、押し込めば百人近く乗せることができるだろう。

「エレノア、壁走って登れない?」

「無理。あの半分なら行けるかもしれないけど」

「二人とも、会話が変ですって。もっと別の方法考えませんか?位置を特定して気合で上から掘って到達するとか」

 誰一人として、良い案が浮かばない。

「エレノアがティムをぶん投げて、私が下からをれを矢で撃って甲板まで乗せるのはどうかしら」

「むしろ、最初から矢に括りつけたら?私が引くの手伝うし」

「カヤさんが一番軽い。そして、ここにスリングがある」

 やはり良案が出ないので、三人は空間内を調べることにした。

 床は平らで、何かの模様が入っている。

 踏んでも仕掛けが動作するところはなく、コントロールパネルのような操作するための機構もない。

 一面が平らで、非常に硬質な素材が使用されている。エレノアが力づくで殴ったが、傷ひとつ付かない。

 気が付いたのはカヤだった。

 下に描かれている模様は、巨大な魔方陣の形をしているようだ。

 これが、船を上に押し上げている可能性を考えた。

 船の底を中心に入り、真下を確認する。案の定、円の中心らしく、そこから放射状に模様が伸びたような形だ。

 カヤは、その中心部に小さな光が見えたのを見逃さなかった。

 指が一本入る程度の大きさの穴で、小さく青く、瞬くような点滅を不定期に行っている。

 比較的深いところで発光していて、明かりに照らされた周囲との境目は溝になっており、それは"底"ではないように見える。押し込めることもできるかもしれない。

 カヤは矢を取り出すと、矢尻を抜いて穴に差し込んだ。

 重いが、少し沈む。が、力を抜くと元に戻ってしまった。

 エレノアが、それに気付いて走り寄る。力付くで押し込みに掛かった。ティムもそれを手伝いに走ってくる。

「カヤ、ティム。私に乗って。浮いちゃう」

 二人はエレノアの上に乗る。

 ギリギリと音がしている。

 金属製の矢だったが、耐えられないかもしれない。折れてしまうと考えた瞬間、ガチリとハマる音がした。

 カヤとエレノアが、バッと上を見る。ティムは下を見た。押し込んだ光の主は、朝日のごとく輝きを増し、ゆっくりと浮上してくる。そして、魔方陣に光が入った。最後に、船にも光が入る。

 そして、ゆっくりと降下し始めた。

 船が半分ほど降りてきた頃、ゴウンと鳴り、壁面が開き始める。

 その向こうには無数の鎧が立っていた。

「マズそうね」

 エレノアが呟くのを聞いて、カヤとティムが、状況を把握した。

「二人は船に乗って!飛んで逃げるしかない。それ、何とかして飛ばして!」

 そう言いながらティムをつかんで、船の甲板に放り投げた。カヤは、縄をくくりつけた矢を撃ち込み、それをよじ登る。

 鎧はゆっくりと距離を詰めてきていた。

「ティム、先頭、ガラス張りのとこ見てきて。私は後ろの方見る」

 この世界の船の操舵は、基本的に後部のブリッジで行う。民間の旅客船がそうなっていた。しかし、ロストテクノロジーとなると変則的かもしれない

「感傷に浸らせてよー!」

 艦内を走り回るカヤの声が、静かな船内に響き渡った。


「誰か、このダンジョン内に居る。こんな横道、今まで無かったもん」

 ダンジョンに入ってすぐの通路沿い、シビラはいつも見ない横道を発見した。

 シビラは何度も入っているダンジョンだが、行きも帰りも動作しなかったトラップだ。

 条件は分からないが、誰かが運良く、もしくは運悪く動作させたのだろう。その成果として、この横道が開いたと推測できる。

「シビラさん。もしかしたら棚ぼたかも。準備は半端だけど、行ってみない?」

「良いね。難易度高そうなトラップだから、もしかしたら先に入った人達全滅してるかもだし、美味しいとこ取りできるかもね。生き残ってたら、どうやったら開いたのか聞き出そ」

 鼻息が荒い。

 二人とも、抜刀して横穴に飛び込んだ。

 どことなく、空気がビリビリと震えているように感じられた。ちょうどこの頃、カヤたち三人が魔方陣に光を入れている。

 長い回廊を数分間、全力で駆け抜けた。

 シビラの足は速い。セシリーが付いていくのがやっとであった。

 自信のあった足の速さまで、自分より高い所に居る。それに対する悔しさや追いつきたいという気持ちが肥大化していく。

 バッと空間が開けた。

 純白の船が浮いている。

「ロステクの船じゃない!」

 中心部で暴れてる女の姿を確認し、シビラはそのまま参戦した。

「エレノア?」

 セシリーも、敵の群れに飛び込む。

 空の鎧のようだが、頑丈で、小烏丸の攻撃は殆ど通用していない。僅かに傷を付けることは出来ても、ダメージはほぼ与えてないようなものだった。

 鎧は、体の動きが遅い割りには武器を振る速度だけは速い。

「セシリー!?どっから沸いたの?とりあえず船に上がって。アンタじゃこいつらは無理。そっちのお姉さんありがとう」

「私にもやれるってば!」

「ダメージ殆ど通って無いでしょ!邪魔になる。カヤが登ったロープがあるから、それ伝って登って。で、それ回収して。こいつら船に上がったらカヤもティムも危ない」

 金属で金属を叩く激しく高い音。に、セシリーの次の言葉はかき消される。

 今まで自分が強いと思い込んでいた。

 ギルドの刃であると信じ込んでいた。

 それが、この一週間の間に打ちひしがれ、自身が一般のプレイヤーと同じであること実感させられていた。

 現実世界に逃げて、竹刀を振り回した。

 それでも、自分の周りの人間の強さに辿りつくことすらなかった。

 現実世界、仮想世界、どちらでも自分のアイデンティティを見い出せなくなっている。

 自分が思う自分自身の存在意義を失ってしまっている。

 下唇を噛み、血が滲んでいた。

 周囲の空気が動き始めている。船に魔力の灯が入ったようだった。

『セシリー、そこに居るの?経緯はともかく、上がってきて手伝って!』

 カヤの声が直接セシリーの脳に響いた。

 縄を掴んで悩んだ顔をする。

 鎧の中に、体躯の大きなものが散見されるようになってきた。

 小さなものにも傷一つ付けられなかった自分がここに居てもダメだ。それは分かっている。だが、既に肥えきった虚栄心は行動を許さなかった。

「セシリー!」

 エレノアの大きな声で我に返る。

「私はアンタのこと、マスターだって認めてるよ。それは、強さとかじゃない。仲間のことを思い遣る気持ちとか、そういうのね。もしアンタが私が思ったことで悩んでるんであれば、気にしなくて良いから。お願い、早く行って。庇うのも大変なんだよ」

 何かが埋まったような気がした。

 エレノアの表情が珍しく優しい。

「良い仲間持ってるじゃない。早く上行って。ここは引き受けるから」

 シビラに尻を叩かれて、縄を登り始める。

『ギルマスが居ないと動かないみたいなの。お願い』

 甲板によじ登ってフォンストーンを片手に、

『どこ行けば良いの!?甲板まで来た!』

 と言いながら縄を引き上げた。

『一番先頭。前方の階段下りたらすぐだよ!』

 聞き終わる前に、前方の単語で走った。

 扉を思い切り蹴飛ばして開けると、正面にブリッジが広がっている。

「舵取って!私とティムで起動用の魔力流し込む」

 ガッと舵を掴み、足元のパネルを踏みながら手前に引く。使い方を知ってるわけではなかったが、適当にやって動けば良い程度に思っていた。

 掴んだ舵に光が灯る。

 そして、船体が揺れた。

 天井が割れ、緩やかに機体が上がっていくのを正面のガラス越しに見ながら、更に舵を手前に引いた。

 後ろに引くことで船体は後ろに下がる。

 足元のパネルはアクセルとブレーキのようなものだろうか。

 思ったよりも直感的に操作が出来るようだ。

「セシリー、後ろにぶつかる!」

 脳内と船体がコネクトしたように感じられている。

(上がれ。このまま空へ)

 船は高度を上げ、地上の空気を目一杯浴びて陽光を反射した。

 ガラス越しにエレノアとシビラが広場から走って出て行くのを確認し、船は一気に空へ上がっていく。

 純白の船体は、大空に舞い上がった。



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