平行世界のOntologia

著 : 柊 純

act19:鉄壁と無双剣


 ストーンブレッドへの進攻から一週間。

世界はいつも通り落ち着いている。

 揺れる馬車の中、バサラは悪い性格を隠さず披露していた。

 バサラの向かいには黒髪の和装姿をした剣士が座っている。

 丈が短く桜色のミニ着物で、黒い金属製の脛当てを付けていた。

 濃い紫色のシャドーにワインレッドの口紅と派手な化粧で、性格がキツそうに見える。

 どことなく先日首に刃を当てた女に似た雰囲気があり、終始視線を注いでいたのだが、目的地まで残り半分ほどのところで相手に苛々が見えてきていた。

 眉間にシワを寄せて眼を閉じて、開いては青筋を立て、と言った感じに段階的な怒りのバロメーターが上がっていくのが面白く、バサラはそれを、旅のツマミにした。

『バサラさん。向かいの女性、絶対怒ってますよ』

 ヨハンが直接会話で諭すような声を出す。

 こういうバサラの悪い癖で、ヨハンはいつも面倒ごとに巻き込まれるのだ。

『何かよー、こないだのストブレの女もそうなんだけど、現実世界で妹みたいなやつにソックリでさー、最近愉しいこと多いなー』

 隣から溜息が聞こえてくる。

『答えになってませんって』

『大丈夫だ、もう現実世界で女増やすつもりないからな』

『それも違いますって』

 バサラは腕を組み、和装の女を観察し続けた。

 携える刀は、そこらで買える代物ではない。

 モンスタードロップ品か、もしくは名工による逸品の可能性がある。

 相手が女というよりも、そのような珍しい武器を持った相手に対する興味が大きくなっていた。

 只者じゃない。が、名前が売れているような相手でもない。

 馬車が到着する先で、少しちょっかいを出してみよう。そう決めて、バサラは一度眼を閉じた。AngelHaloのギルドマスターの表情がどこか被る。

 馬車は、大型で十五~六人ほどが乗車できる。

 椅子は電車の中のように向かい合って座る形になっており、ガラスをはめ込んだ窓から外を見る事ができた。

 南部の景色が流れ、山間部に見れる草木は南国の物が多く混じっている。パイナップルを細長くしたような樹木が増え、道端の草は、分厚くて長い葉を伸ばし放題にしていた。

 山間部を抜けて開けた草原が見え始めると、その向こうに海と青い空が、白く眩しい入道雲を背負って現れる。

 和装の女剣士が、バックの風景に不釣合いに映っていた。

 馬車の揺れが落ち着き始めた。下が石畳になったのだろう。

 人の姿が増え始める。

 いつの間にか建物が立ち並ぶ市街地へ入っており、数分走り続けた後、馬車は停車した。

 最後尾についた扉が開くと、数人の乗客は一人ずつ外に出て行く。

 和装の女剣士も席を立ち、降り行く乗客の後ろに並んで進んでいった。

 車外からは強い光が差し込んでいる。

 女剣士が一瞬足を止めて、手で日を除けた時だった、バサラの蹴りが背中にめり込んだ。

 足を滑らせそのまま顔面で着地した女剣士の尻の上に降り、頭を踏み付けてから地面に降り立ったバサラを、ヨハンが「やっぱりやると思った・・・」と言った表情で見ている。

 女剣士は何事もなかったように立ち上がると、汚れをパンパンと叩いてバサラの方に顔を向けた。

 笑顔の向こうに赤いオーラのようなものが見える。

「殺すよ?」

 次の動きが早い。まるでツバメが飛ぶように手がヒラリと舞った。バサラの抜きの早さはそれを一瞬早く捉え、甲高い金属音と鈴の音を響かせる。

 弾かれた剣閃が陽光を反射した。

 シャンシャンと鳴る鈴の音が空間を包み込み、それに気付いた多くのプレイヤーによってザワリと周囲が鳴った。その時には、女剣士の二撃目三撃目が続けてバサラの首元を狙っている。

 受け太刀をして、相手の力量を測った。

(早い。そして重い)

 予想の範囲を大きく超えた剣捌きに、バサラの表情が硬くなる。

 今まで刃を交えた相手の中では、このクラスのプレイヤーは数えるほどしか居ない。

 ストーンブレッド近郊の山頂で見せた、間合いを詰める技術・・・、"縮地"を応用して、一気に距離を置いたが、女剣士はそれに付いて来た。

 恐ろしいまでの足捌きと剣術である。

 だが、技術ではバサラの方が上回っている。踏み込みと同時に繰り出された突きを絡めとり、女剣士の刀を右に弾き飛ばした。

 地面に剣先が刺さった時には、刀の切っ先が女剣士の首元に当てられている。

 鈴の音が止んだ。

「血の気の多い女だな。俺の周りにはそういうのしか集まらんのか・・・」

「そりゃ、あんなことされたら誰だって怒りますよ」

 ヨハンが半分笑いながら、女剣士に睡眠系の術を掛けた。

 建物はあるものの、この場所はギリギリ町の外に当たる。外でなければ掛けられないような高度な睡眠系の魔法が効果あったのも、それ故だろう。

「いいですね、バサラさんの真面目な顔なんて滅多に見れないですし。危なかったんですか?」

「バカ言え、俺とやりあえるのなんてヨシツネくらいだよ」

 崩れる女剣士を優しく寝かせるヨハンに、蹴りを入れてから向きを変える。

「本当に行くんですか?朱雀の拠点」

「ここまで来て何を言ってんだよ。本拠地は行く気しないが・・・」

 朱雀のマスターがこの地に来ている情報が入っている。

 町に隣接した巨大な建物の上に数隻の飛行船が見えており、その中に真紅の船体が2隻在った。片方は以前ストーンブレッドに現れたのとは違う機体で、サイズはほぼ同じだが、見た事のない機銃のような武器が搭載されている。

 形状も、飛行船と言うよりは船が浮いているようだ。

 乗船人数も、比べ物にならないほど多いだろう。

「所属してるのは青竜と同じくらいの人数だけど、船の数と質が全然違うな。あれ、もしやりあったら負けるだろ」

「いずれはあるんでしょう?」

「ねぇよ。四神ギルドは全部、マスター同士の繋がりがあるからな。やっても茶番だろ」

「いいんですかー?そんなネタばらし。一応僕、一般プレイヤーなんですけど」

「構やしねーよ。どうせ誰にも言わねーだろ?」

 朱雀・・・、青竜と並ぶ人数だが、火力差で史上最大のギルドとして名を馳せている。

 多数のギルド集合体に近く、派閥に似たものが存在するのだが、本部の号令があれば確実に仕事をこなすほどの忠誠心がある。

 過去、大都市付近でイベントがあった際に、数千人のプレイヤーが集まってモンスターを討伐する風景が見られた。

 他の四神ギルドでも似たような行動を起こし、数箇所で起きたイベントは全て消化されたが、朱雀が担当した地域だけは段違いに早く収束した。

「そもそもなんですが、今回は何で行くんですか?遊び行くんじゃーなさそうですよね」

「圧倒的な力に対抗しうる唯一の防御を見に行くんだ」

 ヨハンは、自分が連れてこられた理由をなんとなく理解した。

 また、とんでもなく面倒なことをする。が、それに対して文句一つ言わずに付き合える。それはヨハンが唯一人の存在だと自称していることだ。

「分かりました。逃げ道を確保しておけば良いんですね」

「話の分かるやつだな」

 朱雀の拠点はまだ、かなり向こうにあった。

 複数の艦艇に向けてヨハンの考えが纏まりつつある。


「おい、アンタ大丈夫か?」

 女剣士の身体を揺さぶる街中から歩いてきたプレイヤーが顔を覗きこむ。

 シャドーのついた目が、カッと開いた。

 身体をムクリと起こすと、遠く小さく見えるバサラを見て無表情に固まる。

「おっさん。アレは、有名なプレイヤーなの?」

「む・・・、アンタ知らないのか。鈴鳴のバサラだ。名前くらいは聞いた事あるだろ?顔も売れてるから、ここいら南東の地方だと知らないプレイヤーは居ないが・・・、どこ出身だい?」

「へぇ、あれが・・・」

 女剣士はクスクスと笑いながら、立ち上がった。

 ヨハンが掛けた睡眠系の術は全く効いていないようだった。

「私ねー、・・・強いて言えば」

 女剣士は人差し指を立てて、ゆっくりと天を指した。

「なーんて・・・、ね」

 汚れをパンパンと叩いて、剣を取りに歩を進めた。


 エリカが応接室に入ってきた。

 真紅の軍服の背にフェニクスの刺繍が入っている。

 青い軍服で銀髪の男に向けて、立ったまま腕組みをする。

「バサラさん。先日のことで抗議にいらしたんですか?」

「あ?あぁ、ハゲへの後詰部隊狙撃したことか。あんなの別にどうでも良いんだよ。・・・オメーらのボスがここに来てるんだろ?目的はそっちだ」

 偉そうにふんぞり返って脚を組んでいるバサラの隣に、ヨハンは居ない。

「御用件を」

「ストブレ関係で起きた事件に関する話をしにきた。本人にそう伝えれば良い。内情は知っているはずだ」

 バサラと朱雀のマスター・・・、レイラは顔見知りである。青竜でも実力者で、四神の上層部の一人として話が可能な立場のため、このような訪問も普通にすることができた。

 扉が開いて、エリカと同じような軍服を着た女性が入ってきた。見掛けは二十歳くらいだろうが、妙な落ち着きがある。

 ピンクがかったブロンドのロングヘアで、前髪は切りそろえられていた。毛先に向けて半分辺りからゆるくカールしており、純粋なブロンドにグラデーションしていっている。

 髪型はゴージャスだが、身体つきはその逆に、スラッと細い。近くに立っているエリカと比べると貧相に見えた。

 取り巻きのような数人は剣を携えているが、本人は武器らしいものを装備していない。特殊に見えるのはピアスだが、武器にはなりそうにもない。

 チラりとエリカを見て状況を把握すると、バサラの方に顔を向ける。

 見掛けはともかく、普通のプレイヤーとの違いは感じられない。

「レイラさん、会議良いんですか?こんなの私が相手しますよ」

「良いのよ、どうせ運営とか開発の愚痴聞かされるだけだもの。こっちの方が重要な話聞けそうだし、・・・ね?鈴鳴さん」

「良いな。話の分かるオバハンで」

 周囲のプレイヤーが「あっ・・・」と気マズそうな顔になる。エリカが編んだ髪をいじりながら顔をそっと背けた。

「話次第だけど、ストブレ関係ってどれの?」

 バサラが座っている向かいのソファに腰を下ろし、無表情に腕と脚を組んだ。怒りは見えないが、フィルターしているのだろう。

「俺が食らった攻撃、見てたんだろ?単刀直入にいく。あれの正体はなんだ?」

「・・・それは、私も知りたいことだわ。あれは何があったの?」

「アンタら企画が立てた能力じゃないってことなのか?伝えておくが、・・・アレはマズいぞ。直接脳へのダメージがある。そして、絶対防御が効かない」

 バサラは頭を指差した。

 あの時、どんなものを行使されたのかが分からない。ただ、異常な疲労感があった。

 睡眠での回復はあったが、もし全力で行使されたものが、絶対防御すらない普通のプレイヤー相手に発現したらどうなるか。

「この世界の理に反した能力ってことかしら?」

「そう言うことで間違いはないだろうな」

「ヨシツネが、何か変化に気が付いていたのは知っていたの。何かが実装されたって話に関してね。それがどんなものか調べる。それを言い出したのは、実は私。乗ったのは、ヨシツネ。少しやり方悪かったんじゃないかなって思ってたんだけど、ああいう風にしたから見れたのよね。人柱になったあなたには申し訳なかったと思っているけど」

 ヨシツネよりはマシなのかもしれない。とは思いつつも、所詮プレイヤーを食い物にしている連中なんだろうとも感じていた。

 ここに来てもあの攻撃についての正体が分からない。となると、後、バサラがやっておきたいことは一つ。

「さて、結局よく分からないわけだ。ってーと、後は、・・・俺が興味があるのはアンタだな」

 室内に鈴の音が響き渡る。

 それが戦いの合図だとは、エリカを除いて、誰も気付かなかったろう。そして、誰かがピクリと動く隙すらなかった。

 金属の輝きが、レイラの首筋を仕留める。が、バサラには手応えがまるでない。

 レイラのピアスが赤く光り輝いている。

「アラフォーのチートプレイヤーナメるなよ、コワッパ」

 レイラの身体には傷一つ付いていなかった。

 物体自体がそこに存在していない、ホログラフィに斬りつけたような錯覚を覚える。

「噂の"完全防御"か。それを見てみたかった。絶対防御とは明らかに違うな。防御壁ではなく、システム上別の領域に立っているようなもんだな?」

 ニヤリと笑うバサラに、レイラの取り巻き数人の刃が襲い掛かる。

 剣筋がどれも鋭い。

 的確に急所を狙って繰り出される攻撃を、バサラは全て軽く受け流しながら、窓際に移動していく。

 そこで、応接室の外から音が聞こえてきた。

 ヨハンは外から迎えにくる手はずだ。あの男は、何も言わずに作戦を変えるようなタイプではない。となると、予期せぬ事態か。

 バサラは警戒しつつ、応接室の扉の方を見た。

 腕を組んで立っていたエリカが、ククリのような形をした銃剣(ガンブレード)のようなものを手にそちらに向かう。

 エリカがドアノブに手を掛けるタイミングで、応接室の扉が蹴破られた。

 エリカはその扉を片手で抑えて、下から上に向けて侵入者へ銃剣の一撃を見舞う。が、当たらず、逆に斬りかかられてしまった。寸前で避けたが、胸元が少し斬られる。

 バサラの視界には、先程会った女剣士の姿が見えていた。

 どうやって拠点に忍び込んだかを考えず、

(ヨハン、しくじったな)

 と、小バカにした表情をする。

 バサラは、縮地を使って女剣士の首元を狙った一撃を見舞った。そして、同様に縮地を使って窓際まで戻る。仲間ではないことをアピールした。

 当たっていない。レイラの完全防御と似たような感覚があった。

「言っとくが、そいつは俺の関係じゃないぞ」

 背後に小型の飛行船が姿を現した。数人乗りで、朱雀の紋章が入っている。

 操縦者はヨハンである。

 大方、客として現れたバサラの従者であることを理由に、うまいこと拝借してきたのだろう。

 バサラは窓ガラスを割り、その飛行船に乗り移った。

 ガラスの破片が地に降り注いだが、町とは反対側で人はいない。

「ヨハンよぉ、あの女全快してんじゃねーか。お前のあの術なら、少なくとも1時間は寝かせるだろ!?」

「間違えたりしないです。これでも本職はソーサラーですよ?別の対策がされていたと考えて欲しいです」

 と、言葉を交わしていると、別の窓ガラスが割れて、当の女剣士が飛行船に跳び移ってきた。

「行って良いよ」

 あまりにシレっとした態度で、食い付く気にすらなれない。

 既に船体は、建物から遠ざかりつつある。

「このまますぐ降りますよ。艦砲射撃の的になりますから」

「ならねぇ、小型のがワラワラ出てきてやがる」

 先頭の甲板に、副長エリカの姿が見える。判断能力と行動力が高い。

 周囲に指示を投げると、数機の小型艇は散開した。

「あれは、墜落した僕たちの回収じゃないです?」

 ヨハンの冷静な意見が当たる。旗艦の搭載された主砲と思われる筒の先に光が点った。

『ちょっと、私まだ話したいんだけど?』

 直接バサラの頭に、レイラの言葉が流れこんでくる。半笑いで、あまり怒りは感じさせない。

『悪いけど、オバハンには興味ないわー。俺の興味は完全防御な』

『あ、そう。じゃ、沈めてあげる』

 光弾が射出された。それは、バサラたちの乗った船の横をかすって遠方の丘に当たる。ズンとなる低い音が鳴り、丘の半分が粉微塵になった。まるで噴火でもしたようだ。

 船は大きく揺らされ、バランスを失っている。

『あら、外れたみたい。運が良いわねー。ところでどうする?私とお話しする?』

 今のは威嚇だろう。

 珍しく困った表情をし、じーっとヨハンを見るが、首を横に振られた。一旦降伏しておくかと返答しようとした時だった、女剣士が、

「弾いてあげる。このまま飛んで」

 と、後部へ歩いて行った。

 手のひらを正面に向けて、何かを押すように肘を曲げて腰を落とす。

 二撃目が射出された。

 光弾は、今度は真っ直ぐ飛んでくる。距離があるが、被弾までは数秒だった。

 バサラは絶体防御があるから耐えられる。ヨハンを死守して、墜落後も逃げるように考えた。が、女剣士の防御壁が予想以上の効果を見せる。

 それは、まるで光の盾だった。

 光弾が、船に着弾する直前で止まる。回転は維持されていたが、威力は発揮されない。その後、言葉通り弾かれて地面をえぐった。

 舞い上がり降り注ぐ土の塊の中、桜色の着物姿の剣士は仁王立ちしている。

 気が付くと、艦板が青い光に包まれていた。ヨハンがテレポート用の魔石を使ったのだろう。

「前回の予備です。 ストーンブレッドですよ」

「ヨハン、冷静だな。お前これどうするんだよ?」

 バサラの指の向こう、テレポートの範囲内に女剣士が立っている。

 少し首を傾げるようにして振り向いたその表情は、バサラの現実世界の知り合いとよく似ていた。



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