吸血鬼

著 : 秋山 恵

帰還



 照り付ける日の光の中、エレナは急ぎ足で歩いた。

 決死の行軍と言うよりは、遅刻間際のOLが慌てて早歩きしているようだ。

 どこで入手したのか新品の服を着ており、髪もきれいに梳かされている。その姿を見て、すれ違う男が何度か振り返った。

 サングラスの奥にある瞳の色を見れば驚いただろうが・・・

 都内に入ってからかなり時間が経っていた。後3時間も歩けば、数ヶ月前まで住んでいた街に辿り着くだろう。

 金銭的に余裕が無かったわけではなかったが、電車は使わなかった。大通りを走るようなトラック等をヒッチハイクする事も避けた。

 どこで敵が網を張っているか分からない。精鋭を蹴散らした後に教会本体が積極的に絡んでくることはあまり考えられないが。

 住宅街や裏道のような場所を選んで、蛇行するように歩いた。

 どれだけ歩いても、足が棒になるような感覚は無かった。あるいは全力で走り続ければそうなったかもしれない。だが、それは避けた。

 長距離を走り続けてはさすがに体力が持たない、そうすれば不測の事態に対応することが出来ない。

 相手はニオイを嗅ぎ付けてくる。

 敵は回復が早く、距離が近ければ現れるだろう。移動しながらでは大掛かりな罠は仕掛けられないし、今度は簡単に引っかかってはくれないはずだ。

 そうは考えつつも、あの男は、今回の事が始まったあの街で傷を癒して待っていると思っていた。

 相手はエレナがもう戦いから逃げないのは分かっている。お互い知っている場所を戦いの舞台にするのが一番早く決着をつけられる。

 戦いに行くには、まず武器の調達が必要だった。

 エレナは南の方角に顔を向けた。そろそろ決断しなくてはならない。自分の隠れ家で準備をするか、壮介のセーフハウスに寄るか。

 後者は安全だが、どんな顔をして戸を叩けば良いか分からない。きっと、何もなく迎え入れてくれるだろうとは思ったが。

 エレナは、自分が自然に悩んでいることに気が付いた。

 長い長い時を経て、少しずつ人並みな感情が戻ってきている。小さな綻びのようなものではあったが、それは時と共に広がり始めている。

 思い返してみると、“虎”と出会った頃からだろうか。

(あの男と会ってから、・・・止まっていた私の時間が、また動き始めた)

 普通の人間と接するのも悪くない。そう考えて足を止めた。

 今から行けば夕方前には壮介のセーフハウスに着く。

(銀製の武器が良い、相手が私の予想通りであれば、効果がある)

 エレナは南に向けて歩き出した。



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