吸血鬼

著 : 秋山 恵

遊撃



 戦後最大とも言える大雪だった。

 雪国にでも居るような、そんな風景に世界が染まっている。道中、屋根の雪を下ろして居る者まで居て、大都会の光景としては珍しく感じられた。

 浅野はそんな雪の中、たくさんの愛犬を連れて散歩に出た。

 傘をさした小太りがたくさんの犬に引かれて歩く姿は愛嬌があり、道中出会った老夫婦に微笑まれたが、意に介さなかった。

 浅野はつい先程まで遼二と一緒であった。意外に話をする事が好きらしく、黙って歩く遼二に向かって何度も同じ事を話していたのだが、あまりに返答が少ない為にへそを曲げて別行動を取る事になり、今は1人黙っている。

 それとは裏腹に、浅野の愛犬は生き生きと動いていた。

 浅野は引かれるままにユサユサと体を揺らしながら歩いた。少し不機嫌である事が、その目の細さで何となく分かる。

 いつもは制御して歩いているが、今日は愛犬達の行動に全てを任せていた。不思議な事に、ただの1匹もバラけて行動を取ろうとしない。いつも訓練しているせいだろうが、それにしても方向があまりにも合いすぎる。

 異変か?と気が付いた時には原因に行き当たった。

 かなり遠くだが、見掛けた男がいる。

 遼二が追いかけていた吸血鬼とは別の、いつの間にか姿を消した奴だ。

 浅野は傘を閉じて仕込み杖を抜けるように左手に持ち替えた。気付かれないようにそっと、少し小走りに相手へ近付き、射程範囲内と判断する少し前で走る速度を上げる。

 男が振り向き、浅野の姿に気が付くと、同じような速さで逃げ出した。



top