いつしか大雪になっていた。車がその中を滑るように駐車場へ入ってくる。中にはエレナの知った顔が乗っていた。
男は、長尾壮介と言う。
年齢は30台半ば頃だろう。笑うと目じりにシワが寄る。
身長は少し高めで、身体は引き締まっている。アスリートのような体格と言えば容易に想像が付くだろう。
いわゆる
「イケメン」ではないが、清潔感が有り、愛嬌のある顔のため接しやすい雰囲気がある。
夜中に突然起されて迎えに呼ばれたにも関わらず、髭はキレイ剃られていた。
優しげな表情と落ち着いた物腰のせいか人からは好かれるような傾向にあり、交友関係は広いようだ。車を止めた直後に一度携帯のメールを確認している。
この、一般的に言うと
「優男」に見える壮介だが、実際の職務を遂行する際には別人のようになる。
エレナは今回遭遇した教会のハンターを虎に例えていたが、それと同様の見方をすれば巨大な狼のようなものだ。
この、通常時とのギャップが、エレナには今もって疑問の一つになっていた。普段の姿を見るとどうやっても同じ人物とは考えられない。
あの獣は、どこにどう眠っているのだろうか。
車を降りた壮介は、手を吐息で温めながら小走りにエレナの元へやってくる。
壮介本人からすると、嬉しい再会になるのだろう、満面の笑みを見せていた。その表情を見て少し悲しそうな顔をしたエレナに対し、壮介は少し面倒な事態を想像した。
肩眉を上げて、
「何があったんだ?」
と問い、エレナの頭をクシャクシャにした。
と、タイミング良く隣家の屋根の雪か何かが音を立てて落ちる。壮介だけはワンテンポ遅れていたが、三人ともが一旦そちらに意識を取られた。
「髪、染めたんだな。キレイじゃないか」
クシャクシャにした髪の毛を撫でて元に戻すと、エレナの悲しそうな顔は困った顔に変わっていた。
話をする準備が整ったかもしれない。壮介はそう感じ取り、車の方に向かった。
「“君ら”は寒くないかもしれないが、こちとら人間なもんでね。冷えるから車に乗ろう」
ほとんど目を向けてもいなかったが、壮介は、紗季をエレナの同族と判断した。
髪や目の色素が日本人離れしていたからではない。落ちた雪の音に対する反応速度が異常だったからだ。
壮介自身、色々な吸血鬼と出会っている。人間との区別は見かけではなく、その行動等から判断が出来るようになっていた。
「この5年で、三人の吸血鬼に会ったよ。エレナ、君の言うとおりだった。その内の二人は節制に勤めている“安全な”吸血鬼だった」
車が走り始める。
徐行しつつ環状線に入ると、少しスピードが上がった。
「若く吸血鬼に慣れていない連中は、やはり野放しにされていると危険なんだが・・・」
後部座席に座って俯いていた紗季が顔を上げる。疑われて不安になっている小学生のような顔をしていた。
「やはりそうか」
吸血鬼の年齢は、見た目ではあまり分からない。成り立てではソワソワした雰囲気があるはずだが、紗季にはそれがなかったから測りかねていた。今時の風貌から見て、それ程年を食っているとは考えにくくはあったが。
「私の不注意なんです。偶然でもあったのですが」
エレナの声にも、申し訳なさそうな声が混じっている。
壮介は、バックミラー越しに紗季を見た。神経過敏になっているのか、多少脅えた様相が伺える。まだまだ精神が不安定なのだろう。そう判断した。
「安心してくれ。取って食ったりはしないから」
壮介の言葉に、紗季はまた俯いた。
「とりあえず何があったのかを聞きたい。後、どうすれば良いか。この後どうするのか」
壮介の言葉に、エレナはゆっくりと話始めた。
教会のハンターと思われる者に追われている事。
最初の遭遇で被弾し、その血液が蚊を媒介にして紗季に偶然の感染をした事。
もしかすると、まだ数人の感染者が居るかもしれない事。
今後、更に増員して仕掛けてくる可能性が大きい事、過去の経験から、一度追われるといつまでも追跡される事。
知りうる限りの詳細を纏めて話した。
「それで、彼女を預けて一人で戦おうって?」
「他に・・・、方法が思い付かないんです」
「教会が相手だろ?倒しても次のハンターが投入されるだけだし、どんどん過激になっていく。良い方法だとは思わないな。それに、状況が状況とは言え、人が死んでいくのは見過ごせない。戦うって事であれば、それについては力は貸せないよ」
「それは分かってます。・・・紗季を守ってあげたいの。でも、良い方法が思い付かなくて」
エレナは後部座席を見た。外を見ていた紗季がエレナの方を見る。
街灯の明かりが定期的な間隔を開けて若く美しい吸血鬼の姿を照らしている。暗くなる度に、そのまま紗季が消えてしまうのではないかと感じられた。
過去に作った仲間が消えていった時の事を思い出す。
壮介はエレナの責任感の強さを知っている。だから、今の言葉でエレナの気持ちが手に取るように分かった。
「良い方法なんてのはそうそう出てくるもんじゃないさ。今、俺から提供出来る事は、そうだな・・・」
壮介は思い付いたようにハンドルを切り、環状線から東西へ伸びる街道へ入った。
「ほとぼりが冷めるまで、暫く俺のセーフハウスに隠れてると良い」
降りしきる雪の中、車は西へ向かい始める。
僅かに下り坂になっており、遠く向こうが長い上り坂になっていた。この後、急な坂を上るような、そんな錯覚を覚える。まるで、これからの事を暗示するかのような、そんな気持ちに迫られた。
「着いたら起すよ。寝ててくれ」
壮介の言葉にハッと気が付き後ろを見ると、紗季が窓にもたれ掛かりながら寝息を立てていた。それを見て、エレナも目を閉じる事にする。
久々に安心感を得たエレナは、深い眠りに付いた。