吸血鬼

著 : 秋山 恵

逃走



 エレナは紗季を担いで走った。体力も力もある吸血鬼だったが、それでも息切れし始めていた。

 細い路地裏を走っていたが、それが途切れる。表の広めの通りに出たところで紗季を下ろし、手を引いて更に走った。

 ハンターは犬を連れていたから、下手をするとどこまでも追ってくるだろう。出来るだけ遠くに離れたかった。

 追跡するに当たり、もっと増員する可能性もある。一人ずつなら何とかなるが、二人以上が同時に来れば苦戦するだろう。今はお荷物が居るのだ。不注意で作ってしまった仲間だが、危険にさらすわけにはいかないと考えていた。

 どれくらい走ったか分からない。幹線道路まで出たところでようやく走る速度を落とした。切れ間なく走る車の音と、排気ガスの臭いに不快感を感じる。二人とも、暫くの間肩で息をしていた。

 紗季もエレナも、何も話さずに歩く。どこまでも続く幹線道路が、無限回廊のように感じられた。

 先程の急に襲われた件など、分からない事が残っていて気持ち悪く感じていたが、紗季もそれとなく今の現状をそれとなく理解しつつあったし、エレナが辛い立場に居るであろう事も察していた。不安で泣きじゃくりたい気分になっていたが、何とか押し殺した。

 どこまで行くんだろう?そう紗季が考えた時、エレナが足を止めて振り返った。

 その眼には涙がたまっていた。

「ゴメンね」

 涙は溢れ、頬を伝って流れ落ちた。

 車のヘッドライトに照らされ、涙が宝石のようにキラキラと光る。

 それが物語る現状、不安にさせまいとしてきたエレナの気持ち、互いの血が交ざり合ってしまった今は、何となくだったがそれが感じられてしまう。理不尽な今の状況にも関わらず、涙を流す目の前の吸血鬼を責めるような気分にはなれなかった。

 絶望感、想像も付かない未来、変わってしまった肉体。そんな状況なのにも関わらず、紗季は首を横に振った。

 ただ、それだけしか出来なかった。



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