吸血鬼

著 : 秋山 恵

伝染



 エレナはシャワーを浴びた後、そのまま倒れるように眠り、ほぼ1日を費やして傷を回復させた。

 目を覚ました時は既に1日経っていて、また夜になっていた。

 埃の臭いがする。遠くを走る車の音が時々聞こえた。

 エレナは薄暗い部屋の中全く動きを取らずに傷口へ集中し、完治する頃には、完全に血が不足しはじめていた。

 渇きはより一層増し、意志を確りと保たなければ、本能に負けて暴走してしまう状態にまで進行していた。

 血を求める衝動を止めようとしたが、心は無意識に狩りの準備を進めている。

 若い男の首筋や手首を想像して官能的な気分になりかかり、エレナは大きく首を横に振った。

 本能を刺激しないようゆっくり体を起こすと、身体を引きずるようにして冷蔵庫へ向かい、中にパックされた血液が保存されているのを確認した。

 エレナはそれを2つ取り出し、一気に飲み干す。口中に鉄の味が広がった。しかしそれは、エレナにとっては甘い果実酒のようなものだった。

 赤い液体は、乾ききった砂に水をかけるように瞬時に身体中に染み渡っていき、暫くすると少し楽になってきた。だが、血の絶対量が足りていなかった。

 ただ、このレベルなら、エレナは堪える事が出来る。一月もすれば正常に戻るだろう。

 エレナは髪をかきあげながら鏡の前に立ち、傷のあった場所を確認した。

 見かけは白く綺麗な肌に戻っており、外側から触ると痛みも消えていた。

 血の使い過ぎか少し痩せたように見えた。少し力が落ちているようであったが、この状態なら、ハンターに遭遇しても何とかなりそうだ。

 エレナはスポーツバッグの中に詰めてあった服を着て、ジュラルミンの中に入っていた大型のグルカナイフとサイレンサー付きのハンドガンを取り出し、腰にぶら下げるた。それを隠すように上着を羽織ると、外に出た。

 とりあえず、ちゃんとした自分の部屋に戻りたかった。ちゃんとしたシャワーを浴びて、お湯をたっぷり張った浴槽に飛び込みたかった。寒暖の差に強いとは言え、そこはやはり女性であった。


 エレナは廃屋を後にした。

 夜空には満月が浮いている。

 血がざわめいていた。満月に呼応するように、肌が波打つ感覚があった。



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