短編集

著 : 麻見 博之

相談役B


スーツ姿のAはディスプレイに手をかざした。一瞬間があって電源が入る。

OSの起動画面がチラッと映り、プログレスバーが延び、ウィンドウが開いたと同じくらいに着席した。

二十台前半。若い顔立ちに少し似合わないオールバック。少し疲れた様子で画面を見つめている。


「こんにちは、相談事ですか?」

ディスプレイの向こう側に居る相談役Bは、眼鏡の弦を左手で軽く持ち上げて掛け直した。レンズの奥の茶色の瞳が話してどうぞ、と語っている。


「今日は会社で困ったことを相談させてください」

きっちりとした言葉と合わない、少し据わりの悪い腰を動かす。


「分かりました、幾らでも相談してください」

相談役Bも正しい姿勢を崩し、少し前のめりになる。肩に掛かっている黒髪がふわっと前に垂れる。


「部下についての相談です、うちの会社には営業部隊が6人居ますが、ふたりほど成績が振るいません」


「もう一度仰ってください。何人ですか?」

「2人です」


「はい、相談は愚痴ですか? 成績を改善させたいのですか?」

淡々とした口調で質問してくる。


「まあ、半々・・・というか、両方です」

テレを誤魔化すため、頬を掻く。


「では、先に愚痴から聞きましょう、そのあと改善に付いてお話しましょう」


「それじゃ、まあ、社長として愚痴を言うのも恥ずかしいのですが」


「いいえ、この回線はそのためのものから。気にしないで下さいね」

話口調に連動して、手が少し大振りに動く。左で束ねている髪がエプロンの前で揺れる。


「私は先代の社長・・・祖父なんですが、その祖父から会社を引き継ぎまして」軽く息継ぎをして、

「本当は父が引き継ぐはずだったのですが、交通事故で他界してしまって。その後祖父も亡くなり、いきなり引き継いだのですが」


「それは・・・大変でしたね」

言葉より更に、悲しそうな表情をし、両手を口元に持ってくる。


「小さい会社ですんで、なんていうか、バタバタとやっているうちにやっと軌道に乗ってきました」

「で、まあ、なんていうか、先代から支えてきてくれた古株の社員が、やり方が違う、こうしたほうが良い、と始まりまして」


「うーん、ありがちな話ですねー」

少しはにかみながら同意。


「ははは、まあそうです。ありがちですね。彼らは年齢も上、社歴も上なんで、中々コントロールが難しくて」

破顔した相談役Bを見て、この部屋に来て初めて緊張が解れた。


「わかりますよー、私もお局様に色々言われましたもん」

矢継ぎ早に会話を走らせる。振る頭と共に前髪が揺れる。


「お茶汲みとか?」


「お茶汲みとかですねー」


今の時代、お茶汲みは殆ど自分でやりますよ、とAは言いかけて止めた。

その後、幾つか社員の具体的な愚痴を話していき、溜まっていたものを吐き出していく。



「聞いてくださってありがとうございます」

右肩をぐるぐると回しながら、リラックスした体をアピールする。


「ええ、緊張は解れましたね、そういえばこのサービスは初めてですか?」


「はい。話は聞いていたのですが、使ってみたのは初めてです」


「当サービスを気に入っていただけたら幸いです。では解決策の話をしましょう」

相談役Bは、ネクタイを少し上げ、真面目な表情になる。


「まあ解決策といっても、年齢も社歴も逆転しませんし、成績が振るわないといってもクビにするほどでもありませんし」

肩に一瞬力が入る。


「成績も重要なファクトですが、他の社員への影響も考えなければなりません」


「はい」


「先代社長の頃とやり方が違うことへの反発だそうですが、その違うやり方で他の社員は成績が落ちましたか?」

組んだ両手に顔を乗せる。眼鏡がキラと光る。


「いいえ、むしろ上がってます」


「では自分に合わないやり方を受け入れてないだけですか?」


「まあ、そうですね、多分」


「この問題は焦点が2つあります。受け入れてない社員。指導できてないあなた」

相談役Bは顎鬚に手を当て、軽くねじる。


「指導・・・といっても、メリットを伝えても殆ど聞く耳を持ってもらえず・・・」


「変更点のメリットを語るだけで、昔からあった良い部分の話はしてないのではないですか?」

「どのような施策にも、メリデメがあります。一方が100%良いということはありません」

畳み掛けるように続ける。右眉を上げて反応を見る。


「昔からの良いところ・・・その時代は私は実務をしていなかったので、ピンとこないんですよ」

見透かされていることに気が付くも、反論する。


「まあ、そうだろ」

相談役Bは、肩をすくめる。

「お前の父親には伝えたが、お前に伝わる前にわしら二人とも死におったからな」


「え?! あ、じいちゃん?!」


「昔からの方法はまあ、基本足繁く通ってクライアントの問題を深く掘り下げることだ」

「時間も掛かる、交通費も掛かる。しかし、相手の本質も見えてくる」

強い口調とは裏腹に、微笑みながら禿頭を撫でる。


「え、あ、はい」


「ネットを使ったスピーディーな営業も悪くは無い」

「だが、本当にクライアントの困っている部分に、クライアント自身が気が付いてないことがある」


「はい」


「そういうのを見つけ、解決していくのがあの2人は得意だ」

「小さな仕事も勿論大切。だけど大きな仕事はこういう付き合いで出来上がるんだよ」

にぃっと笑顔を見せる。楽しいことを話す少年のような笑顔。


「じいちゃん・・・」


「ま、もうお前に任せているんだから、好きにやんなさい」

言い終わり、ゆっくりと目を瞑る。


「はい・・・」


「・・・珍しいですね、このサービスで知っている人が出てくるなんで」

はて、と傾げる首に、耳に掛かった髪が追いかける。


「そうなんですか?」


「ええ、過去10年ではじめての事例です」


「言いたいことがあったじいちゃんが、化けて出てきたのかもしれません」

テレを隠しながら、頬を掻く。


「ふふ、だとしたら、先代からのありがたいお言葉ですね」


「肝に銘じておきます」

きっと座り直す。来たときよりも気配が上がっている。


「はい、当サービスをご利用いただき、ありがとうございました、またのご利用をお待ちしております」


深く頭を下げると同時に、ウィンドウが閉じた。



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