土と、
水の匂いがする。
昨日降った雨が、道の端に溜まっている。
昼をだいぶ過ぎた、柔らかな日差しが水溜りに反射し、目の奥に一瞬刺激を与えた。
時折吹く風が、草の匂いと共に、寒さが和らいできたころ特有の気配が流れる。
スン、と鼻を鳴らす。
空気が軽く気分が良い。軽快に足を出す。
道にはアスファルトが敷かれ、高架下は時折草が生えているが殆どが土。間には等間隔に10センチほどの木と、数本の針金で繋いだ柵。
柵はどこまでも伸び、土とアスファルトを区切っていた。
土には時折、大きなコンクリートの柱が刺さっている。そして柱に支えられた線路が数メートル上に存在する。
上は見たことが無い。
たまにやってくる轟音を聞いたことがあるだけ。
長く前に伸びている道は、右に緩やかにカーブしている。
高架下は相変わらず土のままだが、両端は住宅街。夕飯の時間までにはまだ早く、食事の匂いは特に無い。
まだ点いていない街灯が並ぶ。そのうちの1つだけ、枯れた蔦が絡まっていた。何故か1つだけ。蔦の元をたどると、少し先に枯れ山の塊になっている家がある。
一瞬、見上げる。
蔦を纏い、窮屈そうにも見えるし、威厳があるようにも見えた。
地面には沢山の、細かい花びらが落ちていた。
雨に散った桜。水溜りに白く浮いている。その脇に、花を7割ほど散らした老木が立っている。
花が落ち、しべが残っている枝には、小さく開きかけている葉があった。
なんとなく、花びらを踏むことをためらう。
人の足跡の上を、少し跳ねるように通る。
小さな川が近くを流れている。地面から上がる水とは違う匂いがする。
年数の経ったコンクリートに囲まれた、幅1メートルほどの川。
流れはとても緩やかで、小さな水音が微かに染みていく。
ふと川を見ると、魚が居た。
少しだけ目が合い、逃げて行った。
道は続いている。右に、左に少しだけ曲がりながら。
そしてコンクリートで上げられた線路も続いている。
寄り添うように、どこまでも。
リン。
夕暮れの気配が交じる空。
流れる風に冷たさと懐かしさが交じり、耳をくすぐる。
首を傾げ小さく振ると、合わせて鈴が鳴った。
今日は、どこで折り返そうかな。
伸びる道を見つめながら、もう一度首を傾げた。