短編集

著 : 伽奈

二つの顔


 午後3時、学校の講義が終わりいつもの6列目の電車に乗り込み、揺られながら地元の最寄駅手前で途中下車しアルバイトに向かう。

 喫茶店「twins」で働いて、1年が経とうとしていた。

 始めたばかりの頃、アルバイト経験のない僕は緊張でカチコチの笑顔しか出来なかった。そんな時、帽子を深く被った一人の初老の男性が注文後に声を掛けてきた。

「もっと柔らかく笑わんとお客さんが笑っちゃうぞ。


 そう言われ、近くにあったステンレスに浮かぶ自分の顔を見てみると、そこには誰が見ても作り笑顔と分かる顔がぼんやりと映っていた。

 この人は、毎日夜7時にカフェラテを注文してくれるお店の常連さん。そして、自分にとって最初の顔なじみの常連さんにもなった人物でもある。

 ある日、閉店後の夜9時過ぎにお店を出ると、帽子を被った男性が立っていた。その男性はよく見るとカフェラテをいつも注文する常連さんだった。僕の姿に気が付くと喜作な笑顔でこちらに向かってきた。

「今アルバイトが終わったんかい?


 と尋ねられ、僕は

「はい、今日はもう終わりました。」

 と答えると、常連さんは懐から一冊の小説を僕に手渡した。

「この本、面白いから一度読んでみるといい。」

 そう告げると、満足した表情をして帰って行った。

 自宅に戻り、バックから渡された本を手に取った。普段から読書はあまりしなかったが、せっかく渡された本なので少し読んでみる事にした。本を読み始めてみると、思っていた以上に手が進み、物語の中に引き込まれていった。そして、気が付くと辺りはスズメの鳴き声が聞こえていた。そろそろ寝ようかと思った所である事に思い出した。

「そういえば、本のお礼言ってなかったな。」

 アルバイトの日、本のお礼を言うため休憩時間に常連さんの元へ行くことにした。店内を見渡し、常連さんの元に向かい笑顔で本を差し出した。

「ありがとうございました、とっても面白かったです。」

 しかし、不思議な顔をしながら、

「これは何の本だい?」

「先日の夜、渡された本です。」

「はて、本を渡した記憶はないよ。


 そういうと、常連さんは帰る時間だと言いお店を出て行ってしまった。そして、誰かと待ち合わせをしていたらしく一人の男性が歩いてきた。その男性の顔を見たとき、僕の中にかかっていた霧が全て消えていった。そう、そこには同じ顔をした男性がもう一人いたのだった。

 その後、渡された本の著者が常連さんの双子の一人が書いた本だと店長から教えてもらった。そして、その本の舞台がここ

「twins」だった。

 聞いた話によると、常連さんはこのお店のオーナーでもあり、これまでの体験談やお店が開店するまでが記されていた。そこには、双子の二人も登場していたが、その事が分かった時、一つの疑問が浮かび上がった。これを確かめるべく、二人を待ち伏せして聞いてみることにした。

 バイトが終わり、常連さんがお店を後にした後、二人が合流するのを見計らい声をかけた。

「今日は来店して頂きありがとうございました。」

「おお、君か。今日も美味しかったよ。」

「恐れ入ります。ところで、一つ聞きたい事があるのですがよろしいですか?」

「どうしたのだい。」

 僕は率直に質問をしてみた。

「なぜ2人は一緒に来店して下さらないのですか。


 そうすると、

「たまには一人になりたい時もあるからね。」と答えてくれた。

 納得がいく答えではなかったので、もう少し問いかけてみることにした。

「でも、それ以外にも理由があると思いまして。


 ここで、自分の中で引っかかっている物をぶつけてみた。

「あの本を読んで感じたのですが、お二人は本当に双子なんですか?」

 一瞬、二つの顔が少し歪んだように見えた。

「お借りした本の冒頭で、幼少期の頃にあった事を語る部分があったのですが、何度読み返しても一人っ子のように感じたんです。どうして両親はよく出てくるのに、何故か兄弟の名前が一度も出てこなかった。双子ならなおさらです。必ず何か思い出があると思います。


 そう答えると、驚いた顔をして顔を見合わせていた。

 その直後、突然大きな声を出して笑い始め、

「ハッハッハ、こりゃ驚いた!まさかバレる時がくるとは。」

 一人取り残された感覚に陥ったが、すぐにもう一人の老人が話し始めた。

「君の言うと通り、僕達は双子じゃないよ。


 話を聞いていくと、元々二人は初対面の時、顔がとても似ている事に話が弾み、これをきっかけに仲良くなったらしい。そこで、何かやってみようと考えた二人は、共通してカフェラテやコーヒーが好きだという事で喫茶店を始めたらしい。そして、名前を

「twins」と英語で

「双子」という意味を持った名前を付けたそうだ。

 その後、お店の売り上げも良く、二人は今までの記録として本を書く事にした。それが、僕に渡された小説だった。

「この事を指摘してきたのは、これで二人目だったかな。」

「他にも、誰か知っている人がいるんですか?」

「ああ、今の店長がワシらの存在を最初に指摘してきたんじゃよ。


 この言葉を聞いた時、店長も僕と同じように不思議に思ったんだろうなぁと心の中でつぶやいていた。

 その後、常連さんはいつも通り一人で来店してくれている。

 カフェラテを注文し、いつもの席からこちらに笑顔で手を振ってくれたので、それに笑顔で返した。そして彼らは、今でも自分達の秘密を隠しながら密かに楽しんでいるんだろうなとふと思いながらお店の仕事に戻った。



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