数百の巨大な剣たちは、ミシェルの周りを回転しながら浮いている。軽々と浮遊してはいるものの、風を切る音は重い。何本かは敵に向けて射出されている。その姿は、周囲のギャラリーと化したプレイヤーには救世主のように映っているだろう。
全力で目標に向けて走るミシェルの耳には入らないが、ブロンズベルの住人が歓声を上げ始めた。
先に飛んできた数本の剣が刺さり、巨竜はミシェルに気付く。船を襲うのを止め、首を伸ばすようにして新たな獲物の方を見る。瞳は赤く染まり、鼻から吹き出すブレスには炎が混じった。
ミシェルもタクヤも、それがストーンブレットを襲った敵であることを直感している。ミシェルは無鉄砲に倒すことのみを心に掲げ、タクヤは町の廃墟化した様子を思い浮かべた。
剣の数は増え続けている。形は全て同じながらも、サイズがまちまちであった。素材は銀かプラチナで、どれも細工の施された飾り剣のようだ。
「ミシェル、うかつだ!」
タクヤが腕を掴んで止めようと手を伸ばす。が、届かない。足の早さが違う。
ミシェルは巨竜の手の届かないギリギリの距離で足を止め、相手を見据える。剣の回転が止まった。
以前と違う。
自分の意志で好きに飛ばせるように感じた。
ミシェルは、頭の中で強くイメージする。数百の刃が突き立つ巨竜の姿を。
力で捩じ伏せられることが容易に想像できる。
相手は弱い。
剣はうねり、一つに纏まっていく。遠くからであれば、一本の巨大な槍のようにも見えたであろう。
巨竜が威嚇するのに吼え、火の粉が飛び散る。
その1つ1つが、物体に触れるだけで爆発するしていく。
「ミシェル、マズイ。コイツはヤバいって!」
「タクヤさん、私ならやれる。見ていて」
ミシェルは脳内で、巨竜を切り刻む様を思い浮かべる。イメージはヒデマサのファイアランスである。が、炎の属性を相手なので、途中で炎を水に置き換える。
なぜ剣が自由に動くと感じたのか分からない。ただの直感だろうか。
剣はうねりながら、その姿を液体へと進化させていった。魔力は感じられず、純粋なイザヴェルの物質として形を変えている。見たこともないような水の槍が、激しく回転していく。水の動きに合わせて周囲の空気が動き、落ち葉が風に巻き上げられはじめた。
巨竜が踏み込んだ。
相手は、その巨体に持つ巨大な肺に、目一杯の空気を取り込み始めた。
「いけっ!」
激流と化した水槍は、ミシェルの声をトリガーにして回転速度と水圧を高めながら、巨竜の首めがけて走った。同時に火炎がほとばしる。
威力は互角。だが、ミシェルはまだまだ余裕がある。
少しずつ水流の量を増大し、圧を高めるように意識した。
ややあって、何度か炸裂音が響き渡る。
付近一帯は水蒸気と湯気で視界が悪い。何が起きたかは分からないが、急に火炎が止まり、水圧の槍が巨竜の首を貫いた。
グチャリと鳴って、首の半分以上が肉塊となる。モヤの中、巨木のような影が、しなりながら倒れる。
数秒後、視界はもう開けていた。
完全に絶命した巨大な竜の骸の下、船がバラバラになっていた。
船の残骸に一人の女が立っている。
足を引きずり、ロングライフルを構えると、巨竜の頭に数発の魔力弾を撃ち込んだ。
炸裂音と共に肉片が飛び散る。
見覚えのある姿だ。
赤い甲冑が傷だらけになり、一本の編み込みが途中までほどけている。先日ストーンブレットに現れた、朱雀のエリカだった。
エリカはその場で力が抜けるように座り込み、引きずっていた足を押さえて一言。
「痛い」
顔をしかめた。
ミシェルとタクヤの姿に気付いて、苦笑いしつつ指をこめかみに当てた。
「レイラさん、聞こえます?痛覚が開放されてる。早いところ手を打たないと、死ぬ人が出るかもしれない。えっ?ログオフもできないの!?外との連絡は、あ、うん。やっぱりそうだよねー?正直、特権無視は予想してた。玄武の動き次第ですね。分かりました。連絡待ってます」
話終わると、その場に崩れた。
心配させまいと気丈に振る舞っては居たが、傷の痛みが現実的で辛いのだろう。傷口付近を手で締め付ける。
タクヤが走り寄り、回復用の魔法石を使う。
近くに仲間がいるようだが、痛みからの解放が優先だ。
「ありがとう。君、ストブレの人?見覚えあるよ」
「え、えぇ、その節はお世話になりました。あ、効果弱いのだから、外側治っても体力はそのままに近いと思います。痛みはどうです?」
「ん、我慢できるくらいにはなったかな」
患部を触れて軽く呻く。
立ち上がり、髪を結い直してライフルを担いだ。
「本当にありがとう。何かおかしいことになってきてるね。その竜も、先日ストブレを襲ったのと似てるみたい。人為的だよ」
「バグとかの類いじゃないってことですか?」
「緊急事態だから話すけど、誰かが何かをしているみたい。この、超ハイテクシステムの完璧に近いセキュリティ破ったハッカーがいて、色々遊んでるの。あなたたち危ないから、本当に安全だと思えるところへ避難して隠れてなさい」
エリカは、ひょこひょこと歩き出す。
「どこへ行くんです?」
呼び止めるタクヤの方を一度振り返り、
「目立つとこ。もうすぐ朱雀艦隊がここを経由するの。途中で拾ってもらわなくちゃ。散った仲間も集めないと」
まだ小さいワイバーンが飛び回っていた。
ミシェルは警戒しながら立っている。ぐるりと周りを見てからタクヤへ視線を向け、
「タクヤさんが行くなら付き合うよ」
力強く言葉を発した。
自分に備わっている能力に絶対の自信があるのだろうか、瞳に籠る力は非常に強い。
船から散り散りに逃げ出していたプレイヤーたちが、少しずつ集まり始める。
「エリカさん。その人たち連れて行こう。遠くから見てたけど、レイラさんの言う"能力者"な気がする。この後力を借りる時が、絶対にくると思う」
プレイヤーの一人が、悪そうな目付きで歩いてくる。
単純に目付きが悪いのか、何か目論んでいるのか。タクヤを不安な気持ちにさせた。
「そうなの!?這い出てきたらモヤが凄くて気付かなかったけど」
エリカが途端に目を輝かせた。
相変わらず足を引きずっているが、素早く寄ってくる。ガシりとミシェルの手を掴んで、
「これから私たちとレッドベルに行きませんか?」
既に数十人の朱雀メンバーに囲まれていた。ミシェルの力を見た者が多く、どの表情も期待に溢れている。
ミシェルは昔を思い出すようだった。たくさんのファンに囲まれていた昔のことを。自分にスポットライトが当たっているようで、心が奮える。
「任せて。私にできることならなんでもやる!」
タクヤが、隣で頭を抱えた。
「あの能力の発案者は俺だよ。組んだのはメインプログラマ ーで、この世界のソフトウェアの方の基盤を作った男だ。能力は、正式な実装がされていない。自分の想像力で物を自由に作れる。物質を一から、頭を使ってイザヴェルに生み出すものだ。実験的に武器の形にだけ形成可能にした。見てないから詳細は分からないけど。それが、ランダムに数人のプレイヤーに搭載されたんだ。けど、この能力、凄くパワーを使うんだ。脳の疲労度が激しいことから、まだまだ試験段階ではあるし、課題の克服ができなければ危険で使わせられない。はずだった」
サラハの声はいつになく低く、重い。
瓦礫の影から、町の中心部が遠望できた。
敵の数はほぼ変わらず、プレイヤー側は痛覚に負けて敗走するものが多く、劣勢となっている。
青竜の軍服を着た数人が、まさしく脱兎のように逃げてきた。
そのほぼ全員が青ざめた顔で、呼吸を乱している。
中には、上半身だけになったプレイヤーを担いだ男がいた。なぜホームポイントに戻らないのかを考えると、気分が悪くなる。
戦争映画の激しい戦闘シーンを観ているようで、現実感がない反面、それが今起きている実感を持てた。
「遠回しにしないで、どうすれば良いかを教えて!周りのプレイヤーがどんどんやられていってる!」
カヤの声が苛立っているように聞こえた。
「フラグが立っているプレイヤーなら、感情の起伏でモードが切り替わる。とりあえずこの場の仲間を守るように強く念じて、発動したら、後は急速に冷やす感じ。これを止めないと、限界まで止まらず力を使い続けて気を失う。それと、バグがあるから、直接プレイヤーにぶつけちゃダメだ。他人の思考が脳内に入り込んで暴れるのに近い。無防備にダメージを与えてしまう」
そこに、エレノアが口を挟む。
「私には使えない?」
数秒間を置いて、
「使えないと思う。実装は基本的に関係者だから。今ユーザーで使えるのは、入谷がばら撒いたイレギュラーなものなんじゃないかと思ってる。さっき入谷と話して、何となくそう感じた」
それを聞いて、エレノアは拳を握り締める。メキメキと音を立てた。やはり自分にはこれしかない。そう言っているようだ。
「サラハ、使えるのは武器だけ?盾にはならない?」
カヤの問いに、サラハは即返事をする。
「ならない。はず。けど、実装状況がわからないから試す価値はある。今まで確認が取れてるのは剣だけだけど、槍や斧にはなるはず」
聞くや否や、カヤは立ち上がり、遠く町の中心部で羽を休める巨竜を見据えた。
最も得意とするもの。
思考で投げるように飛ばすのでは威力で劣る。
であれば、射出するまでだ。
ならば、射つのに必要なものがいる。
宙に、弧を描くように光の帯が現れ、上下を繋ぐように細い線が張られた。
三日月型の光は、徐々に形を整えていく。
「弓?」
サラハの言葉に続き、エレノアが地を蹴る。その威力で瓦礫が弾け飛んだ。その先にはワイバーンが飛来していて、そこへ重い一撃が入る。
カヤは完全に集中に入っていて、周りが見えていない。瞬間的にそれを理解して援護に入ったのだろう。
光の粒子が細長い矢のように集まり、凝縮されていく。質感から硬度は分からないが、しなりのない硬い素材に感じられる。そこからは何かが発せられていて、サラハは熱気に似た感覚を覚える。
存在感が高過ぎる。
距離が離れているにも関わらず、巨竜の顔がこちら側に向いた。
「気づかれた!引きつけよう!」
サハラの言葉に、
「必要ないっ!」
そう答えると同時に、矢は射出された。
目一杯の力を込めた矢は、その風圧で周囲の瓦礫を吹き飛ばし、熱風で埃を舞い上げた。
その直後、ふっと意識が途絶える。
次に、一瞬だけ地面が見え、また意識が消えた。ザッと、テレビの砂嵐のような音が、数秒間隔で断片化されて聞こえる。視覚はない。
そのまま、暗闇が訪れた。
やがて、子供の頃の光景が見えてくる。それを判断したのは、中学の頃に取り壊された団地の公園の風景だったからだ。
大きなお城の形をした遊具の前。一つか二つ年下の少年が笑顔で話し掛けてきている。
誰だか分からない。
知り合いだとは思うが、名前も生い立ちも、今現在の記憶には見当たらない。
だが、見覚えもあり、会った記憶だけはある。
少年は、隣に立つ希に楽しそうに話し掛けている。
希は笑いながら返事をし、少年の頭を撫でた。何故か心が痛む。
少年が希に、
「何かあったら、俺が守ってやるよ」
そう言って、オモチャの拳銃を構えてみせる。格好良いつもりなのか、眉をひそめて口元はニヤリと笑っていた。可愛らしい子供の姿がそこにある。
ザッと鳴る音が聴覚を奪い、その後の言葉が聞こえない。
また地面が見える。
担がれていた。
「ゴメン!大丈夫!」
サラハの背中を、担がれたまま叩く。こうして見ると、温かく大きく感じる。
まるで父親の背中のようだ。
「下ろして!」
と言った矢先、意識が消える。先ほどの少年が、今度は自分を覗いていた。きょとんとした顔がアップで、ぼやけて見える。
「兄ちゃんが悪者役の時は、俺が正義の味方なんだよ!」
遠く昔の記憶。
今、それが見えていることの意味を探りながら、目を閉じる。次に開いた時には、また地面が見えていた。
「カヤちゃん、大丈夫?」
座らされている。
先程の場所から殆ど離れていない。担いで逃げようとしたところ、目を覚まして一度下ろされたのだろうか。
暫く自分の状態を伺うと、大きく肯いた。
疲れや眠気は無い。
「サラハ、当たった?」
「当たった。威力が大き過ぎて、中央の建物ごと粉々になったよ。何匹か居た大きいのは全部逃げていって、残りの半端に大きいのが残ってる。ここに居たらマズそうだから逃げようと・・・」
空に舞うワイバーンが、辺りのプレイヤーを追い回しているのが見えた。
飛行船を手に入れた時に戦ったものよりも幾分小さくは感じられるが、動きが鋭く感じられる。
色はシルバーなので、相手は無印。属性がない代わりに多くのステータスが高めに振られている。
あの巨大なものが一撃で粉砕できるのであれば、小さいものは、子供の手を捻るよりも軽く倒せる。
感情の操作や、イメージのコツは既に掴んでいた。僅かに瞼を上下させた頃には、先が割れた形状の槍が出現している。人の持てるサイズで、その長細い姿は、黒い金属光沢に包まれていた。
上空のワイバーンの一匹がが、カヤたち三人に向けて降下を開始している。
「エレノアっ!」
「投げりゃ良い?」
持つと振動しているのが感じられ、エレノアは一瞬躊躇ったが、それとなく理解した風で握り締めた。手が痺れるような感覚を我慢し、全力で投げる。
槍は、ワイバーンの口から吸い込まれるように体内へ入り込み、尾の付け根あたりを破って出た。カヤたちのいる場所に血の雨か降り注ぐ。赤い飛沫に辺りが染まり、命の灯火を無くしたワイバーンが、近くの建物の屋根に大穴を開けた。
その音を聞き付けた別のワイバーンが集まり始める。
「調節して投げたのに、抜けた!?」
槍自身に推力があったのか、貫いたまま飛び続けて見えなくなってしまう。
「次!」
そう叫ぶカヤの前には、槍がもう一本浮いていた。
急に限界がきたのか、カヤの視界は歪み始めている。それを強靭な精神力で戻し、同時に二本創造したところで倒れた。
深い闇に落ちていた。
どこまでも続く黒い色は、距離があるようにもないようにも見える。
一人の男がそこにいる。
優しげな顔をしていて、
「兄貴は最初、俺と一緒に希ちゃんを好きになった。天才と呼ばれた兄弟が争うのに使ったのは何だと思う?指相撲なんだぜ。バカバカしいだろ?」
そう言って笑った。
親指を立て、ぎゅっと握ってみせる。
「で、俺が告ったんだけど、フラれた。そしたら今度は兄貴が告った。でもまたフラれた。兄弟揃ってフラれた」
両手の手のひらを上に向けた。
「ある時兄貴は、自分が作ったコンピュータをベースに、遥かに能力を凌駕したマシンを構築した」
男は横を向き、歩きだした。カヤは身動き一つ取らなかったが、男に付いて移動する。
ふと、机に並べられた雑なコンピュータ群が現れる。その全てがファイバチャネルで繋がれた一つのマシンである。
「これはカエサル。覚えてるかな?何のために構築されたか教えよう。兄貴は、この中に、自分のことを愛するように組んだ人工知能を入れたんだ。表向きは、別の用途として発表したけど。だけど、人工知能は失敗したんだ。人口知能は人工知能であって、人ではないし、同一人物でもない」
今度は、巨大な広いコンピュータルームが浮かび上がる。
数百のラックの中に、独自に組み上げられた基盤が、アクリル板のケースに入っている。高速で点滅を繰り返すその多量のコンピュータは、意思を持ったように何かを奏でていた。
「兄貴は、今度こそ本物の人工知能を完成させようとした。この世界を構築する途方もないほど力のあるマシンの力を借りて。だけど途中で想いが変わった。兄貴は、希ちゃんの傍に居たカヤちゃんに気持ちが傾いていった。実在の人物を模倣した人工知能。それを作る実験を止め、カヤちゃん。君を力づくで物にしようとしている。だから気を付けて。カヤちゃんがどうにかなっちゃったら、希ちゃんが悲しむし、それは俺にとっても嬉しいことじゃないから・・・」
少し顔を斜めにし、俯いた。
表情は暗い。
「俺にはもう、力がない。・・・希ちゃんを救うのに、カヤちゃんには能力を付与したんだ。だけど、その力は自分自身を守るためにも使って欲しい」
パッと男の姿が消えた。
カヤは深い深い闇の底へ引きずり込まれていく。
どこまでも、永遠に落ちていくような感覚の中で、今話をしていた男のことを、天才の弟を思い出していた。