平行世界のOntologia

著 : 柊 純

Act05:実演しよう


「おい、いねーのか!?開けろここ!」

 気合の入ったヤンキーのような声が、扉の向こうから聞こえてくる。窓から覗き込むと、坊主頭と他に、数人立っているのが見えた。

 ガラの悪そうなのが扉をグーで殴り付けている。

「あれ、さっきの競売所の時のハゲ頭よね」

「そうですね、あの時のハゲ頭みたいですね」

 セシリーとミシェルの言葉が聞こえたらしく、扉をガンと蹴る音が聞こえる。

「スキンヘッドって言え!カッコイイだろ!」

 怒号が返ってくる。付き人は過激なようだ。そして、坊主頭に心酔してるような雰囲気もある。

 奥から、カヤともう一人、オールバックで顎鬚の整った男が歩いてきた。男は長身で、扉の高さギリギリまで身長がある。普段着にも甲冑を身に付け、マントを着けているその姿はナイトそのものである。

 AngelHaloでは副長の役職は作っていない。が、カヤとオールバックの男"ケイン"が、自然とギルド内を取り仕切っている。

 セシリーとは違い、どちらも冷静に物事を判断するタイプだ。

 ギルドのシンボル的なセシリーに対して、二人はその基盤の維持と運用を担っている。

「・・・名前くらい名乗ったらどうなんですか?」

 ケインが扉越しに坊主頭へ話し掛ける。

 声のトーンは優しいのだが、抑揚なく話すその声音は少し冷たさを感じさせる。厳しい口調で話すことはないが、威圧感を感じられることが多い。

 セシリーやミシェルは、あまりケインのことを好きにはなれないようだ。何かあると理由をつけてカヤに 押し付けて逃げてしまう。

 やや時間を置いてから、

「悪かった。俺は青竜の"ジン"だ。辺境方面軍の副司令官をしている。武器はここに置く。サックの中も見てもらって良い。持ち込まなければ強攻状態にはならない。和睦交渉にきた」

 と、返事が返ってきた。

 強攻状態とは、拠点攻めのバグである。本来、双方のギルドが合意の上でなければ、拠点をベースにした戦いは開始されない。

 だが、片方のギルドで戦闘開始の要求をしている状態で、敷地内(建物内外)での相互メンバー同士の武器による戦闘があった場合、強制的に拠点攻めが成立してしまう。

 ケインがセシリーの方を見る。ため息混じりで肯くと、ケインが扉を開けた。

 まだ設定が開放されていないから、入り口から中には入って来れない。坊主頭・・・、ジンは、その後ろに3人を従えた状態で立っている。金髪ロン毛の目がつり上がったヤンキー風の男、神殿騎士のような格好をしたイケメン優男風の剣士、ぼーっとした顔をしているローブを着たストレートロングヘアーの魔女風の女。みんな青い装備に身を固めている。

 ジンが目の前で武器を外し、地面に下ろす。ガチャガチャと金属音を鳴らし、サックの中からも武器を取り出しては地面に放り投げた。

 ジンと魔女風の女以外は武器を外すことに抵抗があるのか少し渋っていたが、ヤンキー風の男が頭を殴られると、バラバラと外し始めた。

 比較的武器の知識があるカヤが、その武器を見て関心する。

 どれも並みのものではない。やはり巨大ギルドの、ある程度以上のランクのメンバーは良い物を揃えているようだ。

 特注の片手剣が、攻撃力、耐久力共にカヤの持つカネサダと同レベルのものに見えた。

「良いか。入るぞ」

「ケイン。何があるか分からないから、入れるのは・・・」

 カヤが止めようとする。だが、

「システム上は何も問題ないです。このまま玄関先で話すのも失礼かなと思いますので」

 納得がいかずに困った表情のカヤは、二呼吸ほど置いてから、諦めたように了解した。

「・・・わかった。好きにして」

 ジンが、ケインに許可されて拠点内に入ってくる。従者を含む4人が入ったところで再度進入制限を掛け直すと、何も言わずに奥のテーブルの方へと歩いていった。

 ケインは、大きな長方形で木製の会議テーブル、その一番奥から二番目の席に座る。続いてカヤはその隣、三番目に座ると、ジン達はその向かいに座った。

 扉越しに立っていたセシリー達も近くにくる。マスターのセシリー本人は、席には座らず壁に寄りかかって、ジンの方に顔だけ向けた。

「セシリー、今回は斬るのは"なし"ですよ」

 振り向きもしないで喋るケインに向けて、眼を閉じて眉間に皺を寄せ、ベェと舌を出す。

 率先して話し合いの中心に立ったのはそれが理由だろう。

 セシリーの感情ベースに任せていたら、話など全て開戦で終わってしまう。

「それで、和睦交渉でしたね。こちらは親交のあるギルドも潰されてますし、ここまでの経緯から、そちらの言う事は信用出来ません。話し合いで何か進めるのであれば、まず、この地方から兵を引き上げてもらいたい」

 ケインは、両手をテーブルの上に乗せ、手を組んだ。その落ち着きようや堂々とした口調から、知らないプレイヤーが見たら、ケインがギルドのマスターだとすら思えるだろう。

「俺には軍の指揮権はない。打診しよう」

 そう言うと、ジンはこめかみに指を二本当てた。テレパスのスキルがあるのだろう。

 ある程度のスキルがあれば、このポーズでテレパスが発動する。

 もっと高位のスキルがあれば、普通にしていても発動することができる。

 暫くの後、

「検討するそうだ。引き上げる方向で考えると言ってるよ。兵の殆んどがこの町にホームを置いちまってる。魔法を掛けたようにパッと消すのは無理があるから、そこは理解してくれ」

 そう言うと、面倒そうな顔をして腕組みした。

「本題は兵が引き上げたのを見てからにしましょう。交渉にきていただいたのは分かりました。どんな解答をするにしても、何故このようなことをしたのかを教えていただきたいのですが、宜しいですか?」

 他のギルドを飲み込んで拡大を続ける青竜。それが何を理由に動いているかは予想ができる。

 しかし、青竜の勢力圏はまだかなり東の方にある。この地に手を出すには時期的に早すぎるというものだ。

「現場の下っ端だからな、細かいことは知らないよ。ただ噂だが、この近辺の鉱山は世界有数のレアメタルの産地で、なんでも別の地方では入手できない何かが、近く採掘できるようになる。その片鱗は既に出てるって話だが・・・」

 ギルドメンバーの数人がそれに反応する。鍛冶と採掘を好むメンバーの中では、周知の何かがあるのかもしれない。

 ケインが、鍛冶メンバーの方を見る。

「その片鱗かは知らないけど、何にも加工できない金属がある。工房の隅の方に転がってるよ。圧倒的に材料が足りないって話を、レンファさんがしてた」

 背が低いずんぐりとした体型の、眼の細い男がそれに答えた。いかにも鍛冶屋風の外見で、腰にハンマーをぶら下げている。

 戦闘系の能力は低いが、鍛冶に関してはレンファに並ぶ実力者だ。

 新たなものを創造するのはレンファに分があるが、制作の速度に関しては彼の方が早い。

「ティム。その金属を見せてもらえるかい?」

 ケインに"ティム"と呼ばれた鍛冶屋は、奥に入ると、小さな鉱石を持ってきた。紫がかった金属がほんの少しだけ見える。

 量が少なく、ここから何かを作るほどの抽出をするとしたら、工房が埋まる程の量を採掘しなくてはならないだろう。

『何が作れるかは分からないのかな?』

 近距離なので、何もせずにギルドメンバー内部だけで会話をする。

『そうですね、例えばコインを一枚作ると想定してですが、この大きな会議卓の上に山盛りは必要かも。で、これは採掘してどれくらい掘れるかって言うと、運が良くて一日にこの塊が三十個程度。なので、ここから武器を作るとなるとかなりの努力が必要になると思う。もし、次のバージョンアップで採掘しやすくなるのであれば、これを元にした武器を作ることが出来るようになるのかな?まぁ、つまり分からんですよ』

「どんな金属なんだ?」

 ジンが乗り出してその鉱石を覗き込む。鑑定の能力でもあれば、それがどんな物質なのかが分かるのかもしれない。が、希少価値の高いスキルである。持つ者はそう多くはない。

「さぁ、情報があれば何か耳に入っているでしょうが、・・・何も分かりませんね」

 ケインは言葉の裏で、ティムの話を聞く。

『もしかすると、例えば絶対防御の属性が付いた装備が出来上がるとか、今のところ一般では入手不可能と言われる物が出来上がったり・・・、可能性の話ですよ?それも、今の入手量から考えてです』

『同じ意見を持つ者が、青竜の中に居ることを予想させますね』

 青竜の内部に、その手の情報筋がいるのかもしれない。もしそうだとすれば、バージョンアップでとんでもないものが実装されることも有り得る。

 採掘量が増えてもレシピが無ければ何も作れない。そう考えると、採掘量ではなく、レシピが追加されるとも考えられる。ただし掘れる量は変わらないので、人海戦術で採掘ができる青竜のような大ギルドにのみ、創造の可能性がある。

 既に隠されたレシピがあるのであれば、採掘量が増えるのであろう。すると、青竜内部の情報筋の存在があやふやになる。動機が何にになるかが分からない。

「少なくとも過去のバージョンアップからは、こういった謎の素材が使えるようになったりしてる。上の連中は、何か特別な情報を入手したんだろうな」

 ジンが席に座り、

「まぁー、俺たち働き蟻には、どうでも良い話だけどなー」

 と、ため息を吐いた。

 ジンが、ピアスをいじりながら辺りを見回す。遠くを見ているようにも見える。この男には、この男なりに思うことがあるのだろうか。

 巨大な青竜という社会に飲み込まれ、その意志で動かされている。現実とは別の世界に居て、現実と同様別の意志によって生活を続けている。

 人間はどこまでいっても、社会の営みからは逃れられない。本当に自由にしているプレイヤーなんて、一握りしか居ないのだろう。

「ねぇ、あんたたち、縞猫には手を出してないでしょ。なんで?アイツらゲリラだから、ほっとくと面倒よ」

 セシリーの声に、ジンが視線を移した。

 いかにも想定外であるといった顔をしている。

「眼中ないんじゃないか?」

 ジンが笑って返す。まるで他人事だ。

 斬りつけてきた相手だが、セシリーはその笑顔に親近感がわいてしまった。

 ここで、裏の交渉と成功を勘繰ったのは、カヤだけであった。

 カヤは、このギルドの核になる部分に居る。その上で多方面とも親交があった。

 縞猫のリーダーは、うまくどこか大きなところにぶら下がりたいという意志を持っている。それをメンバーの口から聞いている。

「侵攻の理由や背景は概ね分かりました。次は、純白天秤の拠点破壊の方法について伺いましょうか」

 ケインの言葉に、ジンがニヤニヤとした笑いで返す。

 ピアスをぐりぐりといじりながら、

「実演しよう」

 そう言って、ピアスを握り潰した。

 パキンと音が鳴り、静かになった拠点内に響き渡る。

 動きが早かった。

 手に付いた何かを、近くに居たタクヤに投げ付ける。それが魔術エフェクトであったことを識別出来たのは、カヤ、ケイン、ヒデマサの三人のみである。

 タクヤの視界が真っ白に染まった。何度か体験したことがある。睡眠のエフェクトだ。が、次のタイミングで頬に激しい衝撃が走って視界が戻る。タクヤの左に居たケインが、目を丸めて驚きの表情をしているのが見えた。

 右頬に、アイロンでも当てられたようなカッとした熱を感じる。衝撃のあった方にエレノアが拳を突きだして立っていた。離れたところから"間合い詰め"のスキルを使って間合いに飛び込み、リーチのある拳撃を見舞ったのだろう。

 睡眠に入った瞬間に、睡眠状態解除のために躊躇い一つなく一撃を持ってきた。相手がタクヤだからできた判断かもしれない。

 ギルド拠点攻略開始のメッセージが流れる。同時に窓ガラスが割れ、青い装束の数人が抜刀した状態で飛び込んだ。

「ゲームオーバーだ!」

 ジンの声が合図となり、AngelHaloの面々も否応なしに武器を構える。

 最初に動いたのはエレノアだった。瞬間的に敵との間合いを詰め、迎え撃つように横薙ぎされた剣撃をくぐって中段に重い一撃を見舞う。丸めた敷布団を殴ったような感覚が拳に伝わり、食らった敵が、割って入ってきた窓から再び外に吹き飛ばされた。

 それによって外に待機していた軍団も戦いの火蓋が切り落とされる。猛り叫ぶ兵の咆哮が空間をビリビリと振動させた。

「うるさい!黙れサンピン!!」

 とヒステリックに絶叫して窓から外に飛び出たエレノアを、慌てて数人が追う。サラハが額に手を当てて、

「いっちまったよー・・・」とボソボソ呟きながら、扉をゆっくり開けて出て行くのを見て、セシリーもそれに続こうとした。

 が、カヤがそれを制止する。

「アンタは二階行きなさい」

「えぇ!?だって、もう襲われてるし、この数相手じゃ」

 カヤがセシリーの口を手のひらで塞ぐ。モゴモゴと何かを言ったが、それは言葉として表には出ない。

「私は、システム上とは言ってもギルドが消えるのは嫌。それと、セシリー。作りなおせるとしても、私はアンタのキャラがロストするのも見たくない。分かったら黙ってこれ持って上行きなさい」

 黒い金属製の小箱のようなもと、マーキング先にテレポートするための結晶石を渡される。

「さっきティムに、こっそりと工房の設備をこれに入れさせたの。建物なんてどうにでも出来る。けど、ギルド拠点消滅と共に無くなってしまうアイテムもあることだって、覚えておいて欲しい。レンファを泣かせないであげて」

 この世界の中でも数を数えるほど珍しいアイテムだ。巨大なアイテムを輸送するために使うもので、余程大きな商隊か、特殊なギルドくらいしか持ち合わせない貴重なものである。

 いつも武器以外は質素なものを身に付けているカヤを見て、セシリーは目に涙を浮かべた。

 いざと言うときのための、高額なレアアイテムを買いためていたのだ。

「さぁ、時間ないから。二階なら安全だから、そこからテレポートして逃げて」

 マーキング先にテレポートするのは、ホームに戻るのとは訳が違う。通常三十秒ほどで済むものが、下手をすると数分間の無防備な状態を晒してしまう。

 セシリーが周りを見渡すと、タクヤとミシェルが室内の複数の敵相手に奮闘している。巨大な盾と先の分かれた片手剣を構えたケインが、大槌を持ったティムと二階への唯一の階段の前で壁となっている。

 ギルドメンバーの行動に、さすがのセシリーもカヤの言う事に肯くしかなかった。

「ヒデさん!セシリーをお願いして良いですか!?」

 室内のメンバーに回復魔法を使っていたヒデマサに、セシリーを押し付ける。真剣な面持ちで首を縦に振ると、セシリーの手を引いて階段に向かった。

 後方から金属音が鳴り響いている。

 いつも先陣を切って突撃していたセシリーが、今は一番最初にその場から逃げようとしている。自分の信念に曲がったようなことをしている。それが悔しくて、歯を噛み締めた。

 振り返ると、ジンとその従者の姿が見当たらない。

 疑問に感じながら、ヒデマサに二階へ連れ込まれると、

「結晶は?」

 と、ヒデマサに問われる。少し焦りが見えていた。セシリーもヒデマサも、やられればギルドが消滅してしまう。ヒデマサが倒れた場合、ホームは純白天秤のギルド拠点があった場所である。このすぐ隣に見える場所にあるので、騎馬兵が向かえば、ヒデマサには逃げ道はなくなるだろう。もし逃げられたとしても、傷病状態となっている身では、付近のモンスターに倒される可能性が大きい。

「こ、これです」

「早く使うんだ」

 短い言葉のやり取りの後、セシリーが結晶を握りこむ。

 一回きりの使い捨てのテレポート媒体が砕けてキラキラと光の粉を撒き散らすと、足元に魔方陣が浮き出す。次第に力を強めていく魔方陣から、ゆらゆらと光の湯気のようなものが立ち上っていき、二人を包み込む。

 やはり時間が掛かる。

 と、窓ガラスが割れ、ジンの従者二人が飛び込んできた。

 転送待ち状態で、二人には武器を構えることが出来ない。

「終わりだ小娘!」

 ヤンキー声が、長剣並みに長い爪を構えた。長い三本の爪に血痕が付いている。システム上暫くすれば消えるものだが、今付いていると言うことは、下で誰かやられたのだろう。

 ヤンキー声が床を蹴って間合いに踏み込もうとする。だが、セシリーの後方からの鋭い突きで吹き飛ばされた。

 振り返ろうとするタイミングで、セシリーとヒデマサの間をミシェルがすり抜けた。背中に、貫通した痛々しい痕が見える。

 魔方陣を飛び越え、その先に居るジンの従者を相手に斬りかかったところで、テレポートが発動する。

 フワリと浮くような感覚。視界に移るものの動きが止まり、白んでいくギルド拠点の部屋の光景。全てが白く染まった後、セシリーとヒデマサは一本の巨木の前に立っていた。

 セシリーはすぐにフォンストーンを使い、拠点のメンバーの様子を通信越しに聞こうとした。何人かがギルド会話をONにしたまま戦っている。

 激しい金属のぶつかり合いや悲鳴に近い掛け声が雑音に混じって聞こえてくる。

『まずい、やられた!!』

 と言う声と、ホームに転送される音。直後に何かが多数突き刺さる音と共に通信が一つ消える。同じような状況が幾つか耳に飛び込んできて、一つ、また一つと通信が消えていった。

 セシリーは口元を押さえ、涙を流したまま崩れ落ちるようにして地べたに座り込んだ。

 魂だけを残し、この世界の肉体が一つずつ破壊されていくのが実況され、仲間達が一人ずつ消えていく。

 震える手でメニューを出し、メンバーのステータスを見る。

 半数がグレーアウトしていた。

 その場に居て戦うことが出来ていないことの無力感。仲間が窮地に陥っているのに、ただ一人遠くから音を聞くだけの虚しさ。何人生き残るかが分からないという絶望感。友人達の笑顔が脳内に浮かび上がる。

 強い強迫観念観念に捕らわれたような、身を守れない自分の心の弱さが、破裂した果実のように中身を露にしていた。

 感情的な心が、簡単に流れ出す涙を、ポンプのように押し出す。

 自分が進んでギルドマスターになったことへの後悔が渦巻いた。



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