短編集

著 : 秋山 恵

ペットボトルに入っていた


6月8日

 近所のディスカウントショップで海外製のミネラルウォーターを見ていたんだが、その中に小さな生き物が入っていた。

 それが、気を付けて見ないとただの気泡にしか見えない。それくらいに小さかったんだ。

 たくさん並んでいたけど、入っていたのはそれだけ。

 どんな生き物かって言うと、そうだなぁ、クラゲ?

 俺の携帯、カメラ壊れてて、デジカメもないから写真も撮れないんだが、本当なんだ。証拠を残しておきたかった・・・

 で、勿論買って帰ったよ。

 レジで見付かるかとヒヤヒヤしたけど、スルー。

 とりあえず、この生き物が何なのか、帰ってインターネットで調べる事にした。だけど、一向に正体は分からない。

 餌もやれないんだが、まぁ、遊びで買った訳だし、放置して様子でも見てみる事にした。

 ところでこれ、どこから輸入されたんだ?ヨーロッパではなさそうだけど。


6月9日

 ペットボトルの中のアイツは、少し大きくなったような気がする。

 まだ気泡みたいな大きさである事には変わりは無いんだが、触手のようなものが伸びているように見える。

 もしかして植物なのかな?

 触手だと思っているものは根っこなのかもしれない。そんな気がした。

 何で植物なのかって急に思ったかと言うと、動いているようには見えないからだ。

 不思議なのは、逆さまにしたり振ったりしても位置が変わらない事。ペットボトルのほぼ真ん中辺りに居て、振った時に出来る気泡は動いているのに、アイツは動かない。

 もし植物だとして、光合成する必要があるならば日なたに置かなければならないのかもしれない。けど、日差しが強くなってきているから熱でやられてしまうかもしれない。明るくて、それでいて直射日光に当たらない場所に置いておこう。


6月10日

 明るい所に置いたのが功を奏したのか、少しサイズが大きくなった。ゴマ粒程のサイズになっていて、触手も伸びている。

 最初は白だと思っていたんだが、大きくなると虹色がかった乳白色の半透明である事が分かってきた。

 今は、ペットボトルを動かしてもいないのに触手が揺れているように見える。

 つまり、植物ではなくて動物だという事だ。

 最初、クラゲみたいな形だと言ったが、その形は益々それらしくなってきている。

 ところで、クラゲって海水でないとダメなんだよな?このミネラルウォーター、もしかして塩水なのか?それとも淡水で生きるのも居るのだろうか。


6月11日

 帰ってきて、飯を食って、酒を飲みつつ今またアイツを見ている。

 ゴマ粒ほどだったアイツは、この短い時間の間に大豆程の大きさにまで成長した。

 傘の部分の表面に幾何学模様のような絵が見える。いや、絵じゃなくて模様で良いのか。

 触手の部分が大分伸びてきていて、最初は傘の縦の長さより短かったのが、今では傘の縦の長さの5倍はあるように見える。

 触手はゆらゆらと揺れていて、俺がペットボトルを持つと、その部分に向かって動かそうとする。傘の部分はやはり真ん中から動いていない。

 反応が楽しくて、もうかなり長い時間遊んでいる。

 ペットボトルに指を這わせると、それに合わせて触手も伸びてくる。

 このところ退屈していたから、本当に買っておいて良かった。


6月12日

 今日は日曜日だ。

 仕事も休みなので、のんびり過ごす事としよう。

 で、朝一でアイツを見てたんだが、かなり大きくなっている。びっくりした。

 夜中は光もないから、光合成で成長しているわけではなさそうだ。

 どれくらいの大きさになっていたかと言うと、イチゴ三個分位・・・?

 触手も伸びていて、ペットボトルの底でトグロを巻いている。先っぽはワラジムシのような形になっていて、膨らんだり萎んだりを繰り返している。

 ペットボトルを触れると、その触手が物凄い速さで追ってくる。

 コイツどこまで大きくなるんだろう。

 水から出しても大丈夫かな?でも、もう、ペットボトルから出ないサイズだな・・・


6月13日

 朝見たら、アイツのサイズが尋常じゃない事になっていた。

 傘の部分がペットボトルの横サイズ目一杯になっていて、触手もうじゃってなってる。

 触手は、最初は5本程度だったんだけど、今改めて見てみると7本になっていた。傘から更に短いのが生えそうな感じで、その内ペットボトル一杯になるな。


 そろそろ寝るつもりだったんだが、今、変な音がして見に行って見ると、ペットボトルに白い跡が幾つも付いていた。

 じっと見てると、触手がペットボトルを内部から押してて、それで跡が付いているようだ。

 その細い触手に、どれだけの力があるって言うんだろうか。

 暫く見ていたんだが、傘もミチミチに詰まってて、触手は結構激しく動いてて、なんだか怖くなってきた。

 どうすれば良いだろうか。


 どうしたら良いか分からなくて、少し離れたところにある公園の藪の中に捨ててきてしまった。いかんよなぁ・・・

 家の前に川が流れてて、その公園までずっと緑地が続いてるんだが、そこをチャリで10分位のところ。

 アイツ、あの中で死んじゃうかな。

 不気味さを感じつつも、俺が見付けて買って、俺の部屋で育て、俺が遊び相手になっていた。

 あんな変なものに対して情が移ったのも感じたりする。


6月18日

 近所のオバサンが噂してた。

 最近スズメみたいな小鳥の死骸が増えてるって。鳥インフルかもしれないし、怖いって言っていたんだが・・・

 その小鳥の死骸が増えてる場所が、この前アイツを捨てに行った公園なんだ。

 まさか、アイツがペットボトルを破って野放しになって・・・

 何てこたぁ、ないよな。

 さすがに。


6月19日

 先週アイツを捨てた藪の中を覗きに行って来た。

 ヤバい。

 本当にヤバい気がする。

 確かに放り込んだ場所に、ペットボトルが無い。

 違う。正確にはあった。ズタズタになったペットボトルが。

 同じ物じゃない事を願いたい・・・

 しかし、成長したアイツを見てみたいという気持ちも、心のどこかに潜んでいるような気がする。


6月21日

 帰りに飲みに誘われた。

 この所の例のアイツに対する不安が、普段酒を外で飲まない俺に合意をさせたようだ。

 飲んで洗いざらい話しをしたかったが、アイツに関する話題は最後までする事が出来なかった。

 で、酔いどれて帰って、酒が抜けず、気持ち悪くなって吐いた。

 スッキリして今こうして書いているわけだ。


6月22日

 近所の噂。

 三丁目の白石さんのところのチワワが何かに襲われたらしい。

 散歩中だったそうだ。藪の中をジッと見てたらしいんだが、白石さんがちょっと目を離した瞬間、強く引っ張られて、藪の中に引きずり込まれたそうだ。

 異常な鳴き声の後に、何かが砕ける音がして、そのまま動きが無くなったそうだ。

 恐る恐る引っ張ってみると手応えが殆ど無く、チワワの首だけ付いて来たらしい。

 アイツがやったのか?

 それを聞いてから、不安な気持ちが拭えない。

 ペットボトルの中に入っていた時から、あれだけの力を持っていたんだぞ?

 あの勢いで成長していて、チワワを食った。

 人間を襲うまで、そう時間はかからないんじゃないか?

 いずれ、誰かが犠牲になったりとかして、それで駆除に役所の人間とかが来たりするかもしれん。それで良いと思う。それで。良いんだよ。

 何故自分から、然るべき場所に報告に行かないか。それは、何らかの後ろめたさによるものだろう。


6月25日

 気になって、さっきチャリで公園の周りを回ってきた。

 中に入る気にはどうしてもなれなくて、車道から遠巻きに中を見たんだが、何も変化は無い様に見える。

 でも、子供とか遊んでる。

 何かあったらどうしようって気持ちばっかり膨らんでく。

 子供、笑顔でボール持ってはしゃいでるんだぞ?

 俺も、兄貴の子が4歳で、小さい子を見る目が変わったりしてる。可愛さも知っている。

 もしも。

 もしもだよ。

 誰か襲われでもしたら・・・

 途中まで育てた俺が人間なんだから、人間を襲ったりはしないよな。

 無理にでもそう思う事にした。


7月2日

 ずっと雨が少なかったけど、一応まだ梅雨。

 今日は夕方からシトシト降ってやがる。

 何て言って良いか・・・

 今日の昼間、とうとう人間に犠牲者が出た。

 老夫婦が散歩中にベンチで休んでいるところを、何かが襲ったって言っている。

 子供じゃなくて、老人だ。

 死んだらしい。

 良かないんだけど、良かった。本当に。子供が犠牲にならなくて、本当に良かった。

 公園はその事件があってすぐに閉鎖された。

 結構広い公園なんだけど、工事用の突っ立てでほぼ一周を囲われた。

 足りない部分はテープが貼ってあって、立ち入り禁止になっている。明日にも、専門の人が来て公園の中を捜査するそうだ。

 これで、アイツが発見され、解決されれば良いのだが・・・


7月3日

 朝早くに起きて、遠巻きに公園を見に行ってきた。

 救急車が止まっていた。

 一つは担架だったが、もう一つは袋だった。

 担架には若い男が乗っていたが、袋には・・・

 止めよう。考えたくない。


 昼過ぎ、また遠巻きに公園を見に行ってきた。

 全然静かだ。

 公園の中、死体の山とかになってたらどうしよう・・・

 と、考えていたら、棒を持った数人が出てきた。

 近くのコンビニで買ってきたのか、カップ麺を食べ始め、また公園の中に戻って行った。

 アイツは、見付からないのだろう。


7月4日

 昨日、何度か様子を見に近くまで行った。

 夜通し捜索は続いたらしく、今朝になっても人はまだ居た。

 今朝見掛けたのは、昨日居た連中とはまた違う感じの面子だった。

 何かあったのかもしれない。


 仕事帰りに、また公園を遠巻きに見に行ってきた。

 公園は封鎖されたままだったが、車も姿を消していたし、人影も無かった。

 あの後、一体どうなったんだろう。

 アイツは捕まったのかな。

 人が居なくなったんだ。きっとそうなんだろう。

 今夜は何だかよく寝れそうな気がする。


7月5日

 昨日、夜中に変な物音を聞いた。

 気のせいだと思いたい。


7月6日

 昨日の夜も、変な物音を聞いてしまった・・・

 水っぽい物で、部屋の玄関を叩くような音。

 深夜にだ。

 人通りも少ないところだから、誰かが目撃・・・、なんて事はなさそうだし、あの音が一体何なのか。

 怖い・・・


7月7日

 七夕だ。

 今、数人の友人が集まっている。と言うか、無理矢理集まってきやがった。

 七夕を理由に、俺の部屋で酒を飲んでいるんだが、何人かは酔い潰れて泊まってくだろうなぁ・・・

 でも、昨日一昨日の変な物音があるから、一人じゃないのは何だかホッとする。連中が集まった事に、逆に断りを入れなかった理由がそれだ。と言うか、嫌がる素振りを見せつつも、俺の部屋に集まるように仕向けた。

 出来れば、少し女っ気が欲しかったな。


 タバコを買いに出た健介が戻らない。

 自販機、歩いて5分もしないところにあるんだが・・・

 出掛けてから30分。

 迷子になるほど複雑な地形ではない。

 携帯にも出ない。

 集まったメンバーの何人かが、探しに行くかどうかをそこで議論している。

 俺は、不安が頂点に達している。

 こっそりPCに向かってキーボードを打つ手が震えている。


 勇次と勝が健介を探しに行ったきり、戻らない。

 酔い潰れて寝ている栄一郎を叩き起こして、ここから逃げた方が良いのかもしれない。

 だが、どうやって何を説明すれば良いのだろう。

 皆死んだかもしれない。なんて、言えないよな。


 悩んでる内に、深夜3時になってしまっていた。

 今、扉の向こうで、ここ数日聞いている物音が聞こえる。

 今夜は、鍵が、開いてるんだ。

 けど、怖くて玄関に行ける気がしない・・・

 ドアノブが回る音がした気がする。

 あぁ・・・、扉が開いた音が聞こえた・・・



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