吸血鬼

著 : 秋山 恵

追跡




 山県遼二が扉を開けると、そこには二人の男が立っていた。

 一人は背が高く生真面目そうな顔付きをしている。もう一人は小太りでニヤニヤとしていた。

 背の高い方は、楽器が入りそうなケースを背負っていて、背の低い方は杖を手にしている。

「苦戦してるそうじゃないか」

 小太りな方がガムを噛みながら、いやらしく薄笑いを浮かべた。遼二は一瞬、眉をぴクリと動かして答えた。

「まだ一度遭遇しただけだ。まともに戦ってなんかいない」

 この小太りの男“浅野聡”は、遼二の苦手なハンターの一人だった。腕は確かだが、どうもいけ好かなく感じる。

「上がってくれ」

 遼二は部屋へ戻っていった。男二人も無言で後を付いて来る。

 酒臭い部屋だった。

 ゴミ箱に入りきらずに飛び出した酒の空瓶が、部屋のど真ん中に転がっている。遼二はそれを壁際に蹴り、革張りのソファに座った。

 あまり食事をした形跡が無く、ベッド脇にある小さなテーブルに食べかけのインスタントラーメンが置いてある。それも、今食べていたわけではなさそうだった。白い脂がスープに固まって浮いており、埃が浮いていた。

「食事はちゃんとした方が良い。足を引っ張るような事になるぞ」

 生真面目そうな顔付きをした男、“里見拓哉”が呆れたような顔をしてため息を吐く。

「誰に言ってるんだ?」

 遼二は苦笑いをしながら、先日遭遇した吸血鬼を思い出していた。

 思い出すだけで鳥肌が立った。

 誰が見ても感じられるであろう美しさ。それとは釣り合わない、人外の者の動き。遼二など相手はにもならないという自信に満ちた表情。

 目を閉じると、あの時の光景が浮かび上がるようだ。

 あの時、新型の搭載防刃チョッキが無ければ、胸部の肉が裂かれていただろう。

 無論、無事に済んだのは遼二の体術があってこそだった。防刃チョッキ自体に深く傷が入っており、避けずにまともに当たっていればどうなっていたかは分からない。

 遼二は、らしくもなく呟いた。

「初めて、死ぬかと思ったけどな」

 自信家のはずであった仲間を見ながら、歴戦のハンター二人は今回の敵の強さを感じ取った。

「どんな奴だった」

 浅野が腰を下ろしながら言った。表情は珍しく真面目だ。訪問時と空気が変わってしまった事に対する苛立ちが、多少感じられる。

 少し間を置いて、遼二は語りだした。内心、思い出すのだけで脅えるものの、口調は確りし、冷静に言葉にした。

「身長は俺より10センチ程低く細身だ。髪は赤茶でストレートのショート、外人だとは思うが彫りは浅い。奴らが好むような暗い色の服は着てなかった。鮮やかな赤色の服装で…」

 遼二の説明は延々と続いた。やがて日が落ちかかる頃になると、遭遇箇所や相手のイメージがメンバーに刻み込まれていた。

「…そろそろ夜が来るな」

 遼二の言葉に里見が頷き、ケースからライフルのパーツを取り出した。

 浅野は杖を手に取り、仕込まれた刀を確認する。

「新しい弾は効果があったのか?」

 遼二は、里見の問いに首を横に振った。

「分からない。命中はしたが、後を追う事すら出来なかった。効き目があれば何かしら変化があったろうが」

「そうか。あれは値が張る。残数も少ないから持ってきてはいないのだが・・・、使えない物に教会もよく金を出す」

 冷たく言い放ちながら、マガジンに銀の弾薬を詰める。手際が良かった。淀み無く、弾薬は流れるようにマガジンへ吸い込まれていった。

 組み立て終えたライフルにカモフラージュをし、そのまま玄関へ向かう。

「すぐそこの団地に給水塔があった。ターゲットをそこへ追い込んでくれ」

 一言残し、里見は外へ出た。

 それに続き、浅野も杖を手にして玄関へ向かった。

「山県、二手で良いな?鼻を一匹残しておく」

 振り向きもせずに伝えると、靴を引っ掛け、軽い足取りで出かけていった。

 仲間二人が出た後も、残された遼二は動かない。

 部屋の中を見回し、中身の入っている酒ビンを探した。一口で良い、出る前に強い酒が必要であった。シラフで外に出られる気は全くしなかった。



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